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2010-06-30

『オレはロイヤルスケベ』47発目

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 こんな描き方しましたが、DSに移植しただけのことはある傑作ですよ、これ。
 個人的には、航海に出る前にスポンサーに冒険の目的と意義をプレゼンしなきゃいけない「Ⅲ」が一番好みなのですが、歴史に興味の無い方にもお薦めするのなら、この「Ⅳ」ですね。
 難易度も程良く、携帯ゲーム機でサクッ、と遊ぶにはもってこいじゃないでしょうか。
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theme : 自作漫画
genre : アニメ・コミック

2010-06-30

ディナーwithサムライ

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 なんか腹減ってきたなあw
 ごはんの歴史って面白いのですが、史料として残っているのがどうしても文字で記録しそれを後世に伝えられるだけのネームバリューか保存場所を持っていた人間の食事、即ち知識人または資産家層ばかりになってしまうのが勿体無いですね。
 そう考えると、小学校等で配布される給食のメニューのプリントなんてのは保存すべきなのかも・・・そしたら後世の史家が「20世紀後半から21世紀にかけての食事は、一般市民でも相当栄養のバランスに富んでいたが、一方で和食や洋食と言った食文化に即したメニューの統一性には無関心だったようだ」とか言いそうですよねw

theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

2010-06-29

亡命先としての日本

01_僕らの73


 数日遅れたが『蒼穹の昴』感想を。
 戊戌の政変が成り、西太后が政権に復帰した。
 ドラマでは梁文秀が、これで清朝も終わりだ!みたいなこと言ってたが、実際には光緒帝が失敗した近代化をある程度達成するのは西太后及び宣統帝(ラストエンペラー)政権なんだよね。ただし宣統帝溥儀自身はこの時幼少なので、監国摂政王である醇親王がトップに立つわけだが。もっと言うと宣統年間最大の立役者は袁世凱のライバルで李鴻章の企業経営面の後継者であった郵伝部尚書の盛宣懐なのだが。
 話をドラマに戻す。
 今回は梁文秀が日本に亡命するかしないかでぐだぐだもめる話であった。
 彼はフィクションの人物だが、当時の中国人インテリが日本に多数亡命していたのは事実である。
 亡命者だけでなく留学生もおり、彼らは清朝を存続させたまま近代化しようとする穏健派と、清朝を排除して漢民族による支配の下で近代化しようとする過激派に分かれていた。
 彼らが日本で出版物を通じて論戦を繰り広げる様は大変面白い。
 結局は、御存知の通り過激派が大陸の覇権を握ることになるのだが、彼らが清朝と同レベルの近代化を達成出来たかは、はっきり言って疑問である。袁世凱政権の時に財政面で中央集権化が進んだが、これも彼の帝政復活の失敗に伴いおじゃんとなってしまった。
 過激派は日本に亡命した康有為があくまで清朝の存続を唱えたことから、昔は良かったけどその後ダメになった人、と評価してあくまで「滅満興漢」を主張したのだが、清朝を潰した後のビジョンは余りにおそまつだったと言えよう。
 そんなわけで、日本は清末民初の中国人インテリの亡命先であり、その亡命先では清朝の存続の是非を巡って対立があったのである。
 こうした事態を明治政府は当然理解していた、その上で辛亥革命前後の中国に対してあのような反応を示したわけで、やっぱり隣国に対する理解が不十分であったと言わざるをえないと考える。
 あんまり明治政府の悪口を言うと、「大河」等でブームのせいかあっち側の人達からにらまれるらしいので少しフォローすると、外交のカードとして有意であるからとは言え知識人の亡命を受け入れていた点については評価されてしかるべきだろう。
「プロデューサーも、僕がいる次元に亡命とかしてみたいですか?」
 まこまこりんはある意味三次元!!

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-27

今週は感想の書き甲斐が有る回ですな。

01_僕らの69


 視聴した時系列的には『蒼穹の昴』のが先なのだが、何せ昨晩は付き合い酒含めて一日持って行かれたので、どうにもこうにも!
 とりあえず、たった今視聴した『龍馬伝』から感想を書いていくことにする。
 今週は史実厨としてツッコミのしがいの有る回であった。
 先ずは、西郷。
 郷土の英雄をダークに描くのは結構勇気のいることなのだが、躊躇しないところが『龍馬伝』クオリティ。
 この西郷観、賛成である。わしも西郷はリアリストにしてリージョナリストだったと思う。
 西郷がリアリストだと言うのは、西郷が進歩的な現実主義者で攘夷を嫌っているとか、そう言う意味だけではない。西郷は中央集権国民国家を建設することの難しさを知っており、そのリスクを鑑みればあくまで地方分権のまま、もっと言えば薩摩の利益を保持したまま、国政を牛耳りたいと考えていたと思う。これは西郷に限ったことではなく、明治政府の高官の多くに共通した見解で、藩閥政治の基礎となったものだ。
 つまり、西郷のリージョナリズムは、ドラマ中の勝や坂本が言うような、幕末期に急に声高に叫ばれるようになった「日本」が余りに漠然としており、実現性が見えないことから出た知見と言える。
 晩年の西郷の悲劇は、こうしたリアリストであるにも関わらず先進性を欠いていたことによるものであろう。あの時期に征韓論って、ぶっちゃけありえないと思う。
 次に勝の演説について。
 これは史実厨的なツッコミと言うより映像作品に対する評論みたいな点だが、一応書いておきたい。
 勝が演説の最後に、江戸弁ではなく、生徒を「君」と言い、自分を「私」と言った。
 ここ、ようやく勝が自分の主張していた「日本」を自分自身が一番実感として理解出来ていなかったことに気付いたシーンだと思うがどうか。
 勝はしょっちゅう「日本」が大事と説いていたのだが、肝心の自分が話す言葉は江戸弁であった。しかし、もし、本当に均質的な「国民」とそれを庇護する「日本」を形成しようとするなら、「国民」の言葉、即ち標準語を話さねばならない。
 ではこの時代、文語ではなく口語で標準語があったかと言うと、公定化されてはいないが、有ったらしい。幕末期の若手は既に「私」や「君」で話すようになっていたそうな。遠い記憶に頼っての記述なので間違っていたらご勘弁。
 そんなわけで、仮に口語の標準語が既に有ったならば、勝のあの発言には何がしかの意味を読み取って良いと思うのである。別の読み取り方としては、江戸弁を使っているのは江戸に拠点を置く幕府に仕えているからであって、標準語を使ったのは幕府から脱して生徒と向かい合うため、とも読み取れる気もする。
 尚、わしは別に方言を無くせとか、方言が悪いとか言いたいのではないことを付記しておく。個別の文化・風俗は財であり、絶対に保存すべきだ。一方で、全ての人間が可能な限り均質に、誤謬無く情報を伝達出来るためには標準語の制定が不可欠であることもご理解願いたい。事実、近代国民国家の形成でこれが大事な役割を担うことは社会科学の常識なのじゃよ。
 最後に小栗の対仏交渉について。
 わしが幕臣の中で特に好きな小栗上野介登場。
 それはともかく、小栗の対仏交渉が、従来の「軍艦売って」ではなく「技術者貸して」であったことにお気付きだろうか。
 このシーンからも解るように、幕府も軍の近代化については結構真面目なのである。特に陸軍の発達が顕著で、その成果の一つである伝習隊は指揮官がアレだったにも関わらず戊辰戦争でめざましい活躍を見せた。
 これには当時のフランス、と言うより大陸国家であるフランスでは海軍よりも陸軍の方が強かったのも関係していると思うが、いかがだろう。
 以上のように、今回の『龍馬伝』は大変興味深いものであった。
「プロデューサー、あの薩摩弁の『放てぇ!』って、かっこ良かったですね!」
 あれはリアリティが有って良かったよな!

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-24

鎖鎌っていいよね。

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 鎖鎌っていいよね。農具であるところの鎌にリーチを長く取るための鎖分銅を付ける、と言う素朴な発想がなんともいえない。いかにも武器が足りない農民が考え出したみたいで大変よろしい。
 とはいえ実際のところどうだったのかは知りまへんのじゃ。農村に武器が無かった、と言う言説は刀狩り以降であっても既にぐんらぐんらになってるし、武器の扱いに長けていた農民がわざわざ鎖鎌なんかを発明して使う意味が有ったのだろうか。確かに使いこなすことが出来れば刀よりは役立つだろうけれども・・・・・・。
 そしてそれを三十年戦争期ヨーロッパ歩兵(鉄笠の形状からイングランド系と推測)に持たせようとするあたりがわしらしいと言いますか。

theme : 自作イラスト
genre : アニメ・コミック

2010-06-24

今月の『○P』は日本近現代史好きはゲットする価値有り。

01_僕らの66


 一部の人間と山口晃ファンだけが読んでいるであろう『○P』なる雑誌がある。
 どマイナー誌なので環境によっては入手が極めて困難なのだが、今月号は日本近現代史好きはゲットする価値有りと見た。
 何かと言うと、「田中○奏文」の話なのね。
 (以降横輝ナレ調で)賢明なる読者諸兄はr既に御存知のこととは思うが、「田中○奏文」とは1927年7月に田中義一が昭和天皇に対中侵略計画を上奏したもの、とされる怪文書である。東京裁判でも取り上げられた代物だが、これが反日感情を煽るための偽書であったことは日本も中○民国も知っていたが、民間で流布してしまい、共○党が宣伝に用いたために今でも地方では史料として用いられてしまっているものである。(以上横輝ナレ調で)
 今更「田中○奏文」をどうこう言うのは、正直三文怪奇小説の世界である。
 しかし今回の記事は別である。何故なら、「田中○奏文」の真偽ではなく、それが実際に巷間に流布したことでデマゴーグとして有効に働いたことに着目しているからだ。
 これによれば、「田中○奏文」の真偽については日本側の偽書であるとの主張が完全に勝利したのだが、その論争を通じて「田中○奏文」とそれをめぐる論争が世界中に広まってしまい、議論の決着よりも「田中○奏文」の存在とそれにまつわる両国の対立だけが先行して有名になった。これすなわち、中○側にしてみれば宣伝工作としては大成功というわけである。顧○鈞が「田中○奏文」について「細かい実証よりも日本の侵略意図と符合することが大事」とのたまったそうで、実証出来て無い物を根拠に議論するとは語るに落ちた○カだなと思うが、宣伝工作として見るならばまさにその通りだった、という話である。
 よってこの記事は、不用意に歴史の真贋を問い詰めると逆に情報戦で利用されてしまう恐れがある、と警鐘を鳴らして、終わる。
 示唆に富むものだが、たとえ不用意であっても歴史の真贋ははっきりさせるべきだ、出来れば両国の有識者間でイデオロギー抜きの共通見解を見出し、不可能であれば少なくとも自国だけでも客観的な真実を求める姿勢を貫きそれを訴え、現時点で宣伝に利用されようとも後世の憂いを断つべきだ、と言うのがわしの主張である。もし「田中○奏文」についてこれをしていなかったら、今頃は宣伝工作であったことも実証出来ていなかったかも知れない。無論、筆者もこのことが解っているから、あくまで「不用意に」とアタマに付けたのだろう。
 ちなみに、筆者はこの問題について単行本を出版したそうである。
 と、思うがままに書いていたら妙に熱くなってしまい、このままだと某「つ○る会」側の人間に見られそうなので付記するが、わし自身は、あの戦争は間違いなくアヘン戦争に端を発するアジア社会秩序の崩壊に便乗した侵略であると思ってる。
「・・・・・・プロデューサー、なんだかんだ言っても固有名詞に伏字を使っていると言うのは・・・・・・」
 それがわしクオリティなのじゃよ。

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-22

続・秀信ゴーファイト

01_僕らの63


 前回の続きなんだけど、まこまこりんが獅子奮迅の働きで異名ゲットイベントに遭遇。
 一回の戦で物凄い活躍を見せると発生するイベントで、異名は自分で付けられる。「地黄八幡」とか。
 異名は字数制限もあったので「きゃっぴぴぴ」にした。
 これで、次回から、総大将の時等に、「きゃっぴぴぴの菊地真、見参!」とか「敵の総大将はきゃっぴぴぴの菊地真か」とかメッセージが表示されるのじゃよ。
 一瞬「俺の嫁」とかも考えたのだが、それだと「敵の総大将は俺の嫁の菊地真か」と敵に言われるので却下。わしの実名を入れようかとも思ったがそれはそれでちょっと恥ずかしいのでやめました。

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-21

秀信ゴーファイト。

01_僕らの58


 ふと「信長・天下創世」を起動したら、織田秀信で遊んでいた。
 秀信でピンと来ない方は三法師と言うと如何だろう。
 清洲会議で秀吉が担ぎ出した織田の嫡流である。
 秀信評は結構割れているみたいだが、基本的にゲームではそんなに良いスペックではない。
 上掲の「信長・天下創世」だと関ヶ原シナリオでプレイすることが可能である。
 当然弱小で、家臣も大したことない。ちなみに織田信雄が配下にいる。
 そこは「アイマス」厨なので、アイドルを架空武将で作成して配下に加えるわけだな。
 最初は素直に豊臣家との同盟に従い、徳川の味方をすり潰していく。初期領地が美濃なので、北は飛騨に出ると前田とかちあってしまうのでおしまい。東に行くとガチンコなので南下して福島正則をボコボコにし、筒井を従属させた。
 この辺りでゲーム内の対豊臣同盟期限が切れてしまった。
 さて、ここから豊臣と徳川のどっちに着こうか、やっぱ豊臣かな、と思っていたら豊臣から攻められた。
 思わず「何を家臣筋の成りあがりが!身の程を思い知らせてくれん!」とロールプレイしてしもうたわ。
 そして当然追い返す。
 織田秀信と豊臣秀頼。はとこ同士の骨肉の争い。
 そうこうしている間にも佐竹領を潰しながら成長する徳川。
 江戸の狸にやられるものか。かくなる上は関白家といえども容赦ならず。「決戦」コマンドで大勝して豊臣領の九割を奪う。
 そしたらイベントで征夷大将軍になりました。織田家だと関白だと思っていたんだけどなあ。ちなみに信長でプレイしていると自由に選択出来て、しかも・・・・・・おっと、これ以上はw
「プロデューサー!また僕はガチファイターですか!?」
 でも、「信長・天下創世」は戦争で使えないと登場するシーンが少ないよ?

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-20

これは勝センセが悪いよw

01_僕らの56


 ほんっとドラマとしての完成度が高いな、と思い知らされた回であった。
 何かと言うと『龍馬伝』である。
 今回は登場人物の心理を単語や表情のみで表現する難しい演技が続出しており、恐らく撮影時のリテイク数が物凄いことになっていたのではなかろうか。特に容堂の描き方が物凄いことになっているこんな容堂像は初めてじゃなかろうか。てっきり司馬の焼き直しかと思っていたがw
 具体的にどこがどう素晴らしいと思ったのか、まで触れると映像論になってしまうので、拙ブログでは割愛する。もっと詳しい方がしっかりした解説をされているであろうからだ。
 さて。いつも通り史実厨的なツッコミを入れることにする。
 今回は勝がクビにされたのだが、これはどう見ても勝が悪かろうよw
 最大のミスは長州征伐反対の論法。
 日本が中央集権国民国家となることを目指しているのであれば、長州には武力制裁を加えるべき。何故なら相手は現行の中央政府の存在を認めず、これを武力で訴えて来たから。平たく言えば反乱軍である。
 例えば、どうしても霞ヶ関に従わない某県の知事が「総理大臣と天皇さえ手に入れればこっちが日本を代表する政府だ!」と言って県警と最寄りの駐屯基地の自衛隊を引き連れて山手線の内側を火の海にしたら、どう思われるだろうか。また、これをきっちりと処理できなかった場合、諸外国は日本をどのように見るだろうか。
 戦争が起きれば資本も無くなるし非人道的な災害も発生する。これを最大限回避しなければいけないのは当然だが、やむを得ない時はあるものと考える。決して戦争を肯定しているのではない。個人的には九条保護論者を自負している。
 つまるところ、勝の長州征伐反対論は、自分が提唱してきた中央集権国民国家の建設と矛盾しているのである。
 なんと言いますか、折角ここまで国民国家としての「日本」だとか「日本の海軍」ちゅう下手すると右寄りと思われそうなナンセンスな言葉をポジティブに聞かせることが出来ていたのに、一気に空虚なものに代わってしまった感じがする。中央集権国民国家の建設は決して安穏な道では無く、既得権益と戦い既存の社会秩序を大混乱に陥れ、ことによっては流血を見る茨の道なのである。
 今回の放送では、学校の閉鎖がそれを象徴していた。中央集権国民国家としての「日本」を建設するぞ、と大風呂敷を広げてきたが、それを実現することの真の難しさに直面し、いやでも自省を促すようなストーリーに見えた。だが藩閥性を残しかながらも一応日清戦争までに完遂してしまうところが奇跡的ですな。
 それはさておき、今回放送された件で幕府の近代海軍建設は失敗に終わるのかと言うと、その後、伝習隊ほどではなくとも一定の成果を見ることになるのだが、それはまた別の機会が有ればそこで。
 尚、今回の勝評はあくまでドラマ中の勝に対してのものであり、史実の人物としての勝に対するものではないことを付記しておく。あれはあれで「妖怪」だよな。
「プロデューサー、ほら、うーみぃ!」
 うーみぃ!

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-20

遂に光緒帝失脚。

01_僕らの54


 今週の『蒼穹の昴』でついに光緒帝が失脚した。
 作中では光緒帝の改革が成らなければ清朝はおしまいだ、みたいに言っていたが、それはない。
 正確には、近代化は必要なんだけど、光緒帝のハードランディング、特に国会開設後に責任内閣制を設けようとしたことが致命的に逆アナクロであったと言えよう。
 現代社会では、責任内閣とは国会に対して責任を負う物でも引いては国民全体に責任を負う物とされている。
 しかし近代においては、責任の所在が国家元首である場合があった。明治日本がその例ね。
 つまり、国会が無くても、一応責任内閣制と言う物は成り立つのである。
 んで。
 責任内閣制の責任を計る尺度が法律なわけだ。何をして良くて何をしてはいけないのか、を明確にするルールですな。
 このルールに何人たりとも従わねばならないのが立憲制。これが出来ない限り、恣意的で利己的な政策を無くすことは出来ない。と言うか、正確には無くすことに正当性を付与出来ない。「法律なんか知るか、俺が良いと言ってるんだから良いんじゃい」と言うジャイアニズムに歯止めをかけるのが立憲制と言うわけである。
 よって、立憲制下では法律が一番拘束力を持つものとなる。
 だからこそ立法機関たる国会が重要で、それを国民の代表が形成しているからこそ、現代民主主義国家は国民が主権者と言えるのである。
 さて。ここで問題となるのが、国民の定義如何と、国民が本当に正しくニュートラルで効率的な法律を作成出来るのかという疑いである。
 これに対して光緒帝政権は、国民の定義や国民を創出し得る教育が十分に徹底されていない段階で、また識字率が十分でないような状況で、国会の開設と国会に責任を負う責任内閣の組閣を意図したのじゃよ。
 そりゃ混乱するよな。
 明治日本が憲法を発布する時に天皇からの「下賜」とし、責任内閣の責任の所在を天皇とし、国会開設をなるべく後回しにしていたのも、こうした混乱を懸念してのものであろう。
 はっきり言ってこりゃとても民主主義的とは言えない。独裁者たる官僚組織が優秀かつ善良であることが前提となる。
 じゃあ、こうした開発独裁体制が全部ダメなのかと言うとそんなことはないのは世間の常識である。肝心なのはそれが永遠に続くのではなく、国民の創出と国民の知識水準の向上が見られた段階できちんと民主主義にシフトすることだ。それから憲法を見直し、官僚の腐敗を監査する第三者機関を設けても遅くは無い。少なくとも、我が国はそうして奇跡的な速度と精度で近代化を達成し、またかの敗戦から立ち直ったではないか。大久保利通と岸信介ってなんとなくイメージがかぶるのはわしだけか。ちなみにどちらも好きである。
 光緒帝政権は明治日本をモデルとしていたが、こうした法制度的側面で余りに勇み足であったと言えよう。
 これに代わった西太后政権が何をしたかと言うと、近代化改革を否定せず、むしろ現実味のあるソフトランディングでそれを推進し、ある程度の成果を見るに至るのだが、詳しくはまた別の機会に。
 何はともあれ、光緒帝が失脚したから清朝は滅んだ、なんてのは辛亥革命からもうじき百年経たんと言うに余りにもいい加減ナンセンスだと言いたいのであった。
「プロデューサー!月餅食べましょ、月餅!へへっ!!」
 あー、そう言えばここんところ食って無いなあ。

theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-06-19

再びボツシナリオどもをぶちまける。

01_僕らの51


 こないだ折角TRPGが出来そうだったのに土曜と日曜を勘違いしたせいで機会を逃し自業自得、と言う話をした。
 おかげで2ダイスを振りたくて仕方が無い。
 TRPG好きと言うのはプレイヤーをするのも良いがGMをするのも結構楽しいもので、酒が入った状態になるとぽつぽつとボツシナリオの話なんかが出て来るものである。
 そんなわけで、以前もした記憶があるが、ボツシナリオを紹介してみたい。
 結構有るんだ、これが。


・「ハートフル軍曹」
 有る程度成長したパーティ向けのシナリオ。
 冒険者ギルドから、「お前らもぼちぼち一人前だ。新人研修を頼む」と二束三文でビギナーズを任される。
 ビギナーなのでシティアドベンチャーではなくダンジョンに挑む。
 本当なら初心者向けのダンジョンなのだが、手違いでかなりやばいところに行かされる。
 しかしそんなことには気付かないビギナーズはどんどん突き進み、PCの足を引っ張りまくる。
 真の敵は内にあり、のパターン。
 ボツにした理由:面白いのはGMだけでPCはストレスフルになるだろうから。

・「キャンユー千里行」
 判り難いだろうがタイトルは「関羽千里行」のパロ。
 とある戦場の孤立した城まで一週間以内に文書を運んで欲しい、と言う依頼。
 道程は険峻の間を行く狭い一本道で、敵の砦や関所が大量に配置されている。一応PCには500ぐらいの兵が任されている。
 どんな方法をとってもいいから間に合わせろ、というシナリオ。時間が経てば経つほど敵が詳しい情報を手に入れるので、後手に回ることになる。
 ボツにした理由:地理関係を正確に準備しないと面白くないのでめんどい。例えば、山々にしてもどのくらいの高さなのか、無理矢理踏破するならばどのくらいの達成値か、等々。


・「徹カラの部屋」
 都市国家パセラニアの領主は大の徹夜カラオケ好きで、三日置きにやっている。
 それだけならまだしも、民衆全員を突き合わせる。カラオケと言うよりリサイタル。
 困った民衆が直訴。これを受けて領主は「ならば、そちたちが余よりも強いカラオケ力(からおけぢから)を持っていることを示せ。さすれば考えて進ぜよう」。
 挑戦するのど自慢達。しかし誰一人として領主に勝てない。カラオケと恐怖が支配する時代。
 そこへ現れたPC一行。なんだか良く解らんうちに領主と勝負することになる。
 ただ歌うだけじゃん、と思ったら曲を入れるタイミングやハニトーの食い方、お宝カードの探索等でまざまざとカラオケ力の差を見せつけられる。
 ボツにした理由:徹夜カラオケがしたいだけだから。


 なんかろくなアイデアが無い気がするがとにかく寝る。

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genre : アニメ・コミック

2010-06-18

ゲームの妄想が湧くのはゲームしてない証拠だとかどうとか。

01_僕らの48


 前回の記事に対して頂戴したコメントから、実はTRPG等に登場する冒険者って、武力面については前近代ヨーロッパ世界の傭兵に近いんじゃなかろうか、と言う考えに至った。
 こうなると、いっそのこと傭兵のゲームとか出ないかな、と思ってしまうのは卓ゲ者の性だろうか。
 テレビゲームだと「ブレイドストーム」なるパイクを握って騎馬隊の突撃を待ち構える怖さと快感を見事に再現した傑作があるのだが、あれ、個人契約の傭兵なんだよね。
 これはあくまで個人の好みの問題なのだが、わしは、傭兵と言ったら個人契約よりも集団契約のが好きである。しかしヴァレンシュタインが出て来てしまうと完全に「企業」になってしまうので、その直前ぐらいが良い。
 傭兵達が、「俺達、個人で契約してると不利じゃね?まとまった力でいる方が高く雇ってくれるし、賃金交渉も楽になるんじゃね?」「じゃあみんなでいっしょにやろうか?」「でもあんまりまとまるとシェアまで吸収されそうだしなあ」と悩んでいるくらいが一番面白い。
 このくらいの時代だと、砲兵や工兵が専門職化しているので、傭兵団間でも「うちは砲兵がウリなんで攻城戦なら任せとけ」とか「補給と工作が同時に出来る我が竜騎兵連隊無くして戦線は維持出来ませんぞ」とか言っててより楽しいのじゃよ。
 この辺をゲームに出来ねえかなあ。
 プレイヤーは傭兵団の長。最初は100人の歩兵のみ。どっかの戦線で契約をとるか村を襲うかして維持費を確保。余裕が有れば軍備拡大。その内名の有るNPCとか仲間にすると、特定の専門職部隊を編成出来るようになったりする。
 最終目標はどこぞの王様から独立領を貰い、更にヴァチカンに莫大な財産を献じて王権を授与して貰うこと。
 キャッチコピーは、ヴァレンシュタインの夢を実現するのは君だ!とか。
 個人的にはスウェーデンに雇われてロリロリなクリスティーナ(CV:ゆかな)にナデナデして貰いたい。しかし新教国なので王権を授与して貰えるのだろうか。嗚呼。

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genre : アニメ・コミック

2010-06-16

ファンタジー的な冒険者って実在したのだろうか。

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 ググれば答えがありそうな疑問なのだが、ファンタジー小説に出て来るような冒険者って実在したのだろうか。
 村から村へ、町から町へと旅歩き、現地の日雇いで危ない仕事をして、暫くするとまた旅立つ。
 武芸者の武者修行は良く聞くが、あれだと思って良いんだろうか。
 でも、旅の武芸者にはギルドが無いよね。ファンタジーの冒険者は冒険者ギルドで仕事を貰ったりするじゃない。
 そもそも冒険者ギルドって何だ。
 ギルドは同郷ギルドと同業ギルドの二種類が主だが、まさか前者ではあるまい。当然後者だろう。
 だとすると、定住しない冒険者と言う職業が成り立っており、国家を超越した組織を構成出来ていることになる。
 なんだそれ。ユ○ヤかジ○シーみたいだな。でもあれだって必ずしも同業とは限らないしな。それ以前に冒険者という職業はどう定義されるのだ。職業としての定義がないと同業ギルドの構成員に入れて貰える資格を明確に出来ないから、組織化は不可能だろう。
 ここで思い当たるのが、ドイツの職人ギルドである。
 職人は有る程度成長すると、諸国への武者修行に出される。その際に親方に身元を保証してもらい、それをコネに他の町の同業ギルドを訪ね、そこで別の親方と出会い、修行し、暫くするとまた旅に出る。これを繰り返し、長い放浪の末に最初の親方の下に帰ってくる。
 思うに、ファンタジーの冒険者像って、これと旅の武芸者のイメージが混合されて出来たものじゃなかろうか。
 少なくとも、近代的な国籍法に基づいたパスポートを拠り所とする現代のバックパッカーとは違うと思うのだが、どうか。

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genre : アニメ・コミック

2010-06-15

再びラノベについて

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 前回、かなりアグレッシブに書いた例の件について、ちょっと付け加えたいのじゃよ。
 こないだ所用につき時間を潰さねばならず、本屋に入った。
 あんなことをブログに書いたし、たまにはラノベでも買うか、と思った。
 書架に立って考えること数分。
 買わなかった。
 理由は二つ。
 その一。長期シリーズものがほとんどで今更買えない。
 行った本屋が小さいのか、とにかく、どれも十巻近くあるシリーズものばかりで、とても買えない。
 一巻だけ買えばいいじゃん、と言う方もいらっしゃるだろうが、わしゃそれが苦手でしてな。
 もしつまらなかったら、延々と買い続けることになる。
 古本屋に売ることも可能だが、二束三文で買い叩かれるぐらいならいっそ揃えよう、とか考えそうで怖い。
 別にコレクター癖が有るわけではない。むしろ「おたく」の中ではアイテムに対する執着はかなり低い部類だと自負している。ただし本は別で、とにかく本は、基本、売りたくないし捨てたくない。
 そんなわけで、長期シリーズには手を出し難い。ハマると「ああ、まだ楽しめる!」と凄く幸せな気分になれるんだけどね。
 ただ・・・・・・正直、と言うか個人的な趣味の問題で・・・・・・その、どれもハマれそうにないノリばかりだった。
 この御時世、ハッピートリガーに期待して単発をいっぱい出すよりも確実に一定部数がはける長期シリーズに力を入れるのは良く解る。良く解るが、それって下手すると引き際を間違えて駄作で終わる可能性もあるよね。これはラノベに限らず漫画でもそうで、「いくらアニメ化しているからって、作品のテーマを捻じ曲げてまで原作を続けなくていいじゃん!ここで終わった方が絶対名作でいられた!!」って思ったことはございませんでしょうか。
 閑話休題。
 その二。見つけた単発モノ二本のどちらも主人公像が酷似していたから。
 確か、騎馬戦みたいなのと高校生ロボット選手権みたいなのをそれぞれ一本ずつ、単発で見つけた。
 同時に売り出したらしく、ダブル新作みたいな売り出し方をされていた。
 背表紙のあらすじを読んだら、どちらも学園モノで、平凡でちょっとひねくれている男子学生が非常識なトリックスター的女子学生に振り回されて、日常が破壊されてゆく、と言うお話。
 新人なのだろうけど、凄いな出版社。売れるパターンと見たらもうどこがどう被ろうが同時に売っちゃうのか。
 買ってしっかりと読んだわけではないが、ちょっとこれは如何なものか。パッと見似すぎている。商業戦略的にもいかがなものか。ここまで似ていると、互いにシェアを食い合っちゃうんじゃなかろうか。
 そんなわけで、買わずに別のジャンルの本を買った。当然歴史モノである。
 てか、これだけ歴女だの歴史ブームだのと言われているわりに、歴史をがっつりと扱ったラノベが少ないのは何故か。
 信長が現代にやって来たとか、『三国志』の時代に女子高生がタイムスリップしたとか、そう言うんじゃなくて。かと言って『十二国記』のような完全フィクションもちょっと。いや、好きなんだけど、そろそろ別の手管も見たいと言う我儘です。
 歴史でラノベってそんなに難しいことじゃないと思うんだけどなあ。歴史上の人物の青春時代を等身大に描くだけでも十分ラノベの素材になると思うのだが。極端な話、信長の幼少期を軽度のP○ST児に見立てて書くだけですんげえ面白いんじゃなかろうか、と考えていたらも既にそう言う少女漫画があるらしいですね。
 尚、歴史と真剣に付き合おうとしたラノベが無いわけではないのだが、ぶっちゃけそれはそれで、今度は物語として面白くなかったりするのであった。
 誰か、誰か歴史と真正面から付き合ってラノベを書いてくれる者はおらぬか!挿絵は速水螺旋人か神宮寺一でアニメ化したらNHK教育またはBSキッズ枠で主題歌はアナログフィッシュで主演は少年主人公で桑島法子にしてくれぬか!なんか「ヒヲウ戦記」みたいだが気にせずやってくれる者はおらぬか!!

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2010-06-14

べっくらこいた。

01_僕らの37


 今日、とある公衆トイレで、すんげえのを見た。
 太さが500円玉より一回り太いくらいで、長さは60cmほど。いやほんと。30cmぐらいのところで180度折れ曲がっていた。ほとんど荒縄。
 で、これだけでも凄いのだが、トドメはこいつが便器に入っていないことね。
 思わず笑って、心の中で「惜っしぃーッ!!」と叫んでもうたよ。
 しかも一端の20cmくらいが真っ黒で固そう。多分これが「栓」になってたんだろうなあ。
 慌てて駆け込んで、しっかりポジショニングしなかったのだろう。
 160kmストレート剛速球だけどボール、みたいな。曲がってるからカーブか。
 それにしても、これだけ正確に記憶してしまうと言うことは、インパクトが強かっただけでなく、まじまじと見ていたのだろうなあ、わし。
 だがそれは誰しも同じみたいで、全く知らない方が同じくこれを見てたまげていたので、暫しこれを話題に世間話をしてしまったほどである。真面目な方で管理している所に通報すべきかと言っていたが、まあそれほどのことではないだろう。
 あの時の方。もしここをご覧になられてましたら、またお会いしましょう。実はわし、他にも馬糞状のヤツで同様のケースに出くわしたことがありまして、こう言った「勝負に勝ったが試合に負けた」系のアレの話にはことかかないとかどうとか。
 この手の話って最初に「汚え!!」って思って、次に笑えてくるんだよね。最後はやっぱり「汚え!!」に戻るんだけど。
 基本的に二次コンのわしですが、この笑いは三次元のが面白い気がしますな。

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2010-06-14

桂は本当に遅れたのか。

01_僕らの36


 ここんところの『龍馬伝』は、面白いのだか面白くない。
 演出や脚本、隠喩等のドラマとしての出来の部分が相変わらず凄まじく面白いのだが、史実厨としてつっこみたいところが減りつつあり、面白くない。
 なんと我儘な。
 それはともかく。
 容堂の描き方が凄まじく素晴らしいことになっていて思わずテレビの前で文字通り「括目」したのだが、それはともかく。
 作中で、桂が自分も遅れていなかったら池田屋でズタズタにされていた、とぼやいていた。
 これ、ちょっと語弊がある。
 実際には、桂は当日、事件発生前の池田屋を訪れている。
 そしてまだ誰も来ていないことを知り、出直すと言って出かけ、運良く難を逃れた。
 よって、遅れたことは確かだが、正確には早過ぎた後に遅れた、と言うべき。ここまでが本日の史実厨的なツッコミである。
 だからどうした、と言うツッコミが聞こえそうなので、これがどうわしにとって面白いのか御説明申し上げる。ここからは伝奇小説的なお遊びである。
 まず、桂が既に上洛より暫く経っていることから、道に迷ったり、または極端に早く着き過ぎてしまうことは考えにくいことを確認しておいて頂きたい。
 よって、早過ぎたと言っても、まさか集合時間の二時間時間前と言うことはないだろう。一刻ごとに太鼓や鐘が鳴っていた筈だし。
 多目に見積もって、一時間半ほど早く到着したとしよう。
 もし諸兄姉が一時間半前に待ち合わせに到着したら、どうするか。集合場所から出かけて45分歩いて、そこで回れ右してもう45分歩いて集合場所に向かうだろうか。普通はそこから15分ぐらい行った喫茶店や本屋に入り、時間をつぶすだろう。
 また、京都市内で45分も歩くと、相対的にかなりの距離感を覚える。池田屋から壬生寺までが20~25分なので、それより遠い。しないの広さを基準に考えると、目的地である池田屋から相当離れることになる。また時刻を正確に知ることが出来ない以上、一時間半ぴったりを歩いて潰すことは出来ない。
 以上から、桂は池田屋に最初に到着して出かけたあと、そこから徒歩15分圏内、三条大橋を超えないのであれば恐らく三条河原町のどこかで時間を潰していたと推測する。ちなみに以上は桂が早く着き過ぎたのを一時間半前と見ているのであり、更に細かく30分前と見れば、桂が時間を潰す場所は更に池田屋に近いところであったと考える。
 話がぐちゃぐちゃしてきたので一度整理する。解り易くするために、敢えて文末を推測ではなく断定の形にすることをお許し願いたい。
 一刻ごとに太鼓や鐘が鳴ることから、桂は多目に見積もっても集合予定より一時間半ほど前に池田屋に到着した。
 太鼓や鐘が鳴る一方で正確に時間を計測出来なかった桂は、池田屋からそれほど離れてはいない場所で時間を潰した。なお、もし懐中時計等を持っていて正確に時間を計測出来たのであれば、早過ぎる到着はありえないので、このケースは除外する。
 さて。
 集合時間となるが、桂は来ない。今度は遅刻である。
 そしてやや後、事件が発生する。
 以前にも書いた通り、三条界隈は人口に比して道路の幅が狭く、もし十人以上の人間による市街戦が展開されれば絶対に大騒ぎになる。池田屋から徒歩15分ほどの場所、ましてや茶店等が立ち並ぶ三条河原町近辺が、この喧騒に気付かぬ筈が無い。よって「何も知らずに池田屋に着いたらもう辺りは血の海でした」なんてボケたマネは出来ないだろう。
 と言うことは、桂は事件が起きたことを知って、出発をとりやめたのではないか。
 と、ここですっきりと話を終わらせたいところだが、もう少し面白い妄想も可能である。
 それは桂が集合時間に間に合わせようと出発することはしたが、事件を事前に察知して逃げた場合である。
 白色テロ集団である新撰組が完全武装して京都市内を走りまわればすぐに騒ぎになる筈だ。
 出発した桂は、池田屋に近づく途中で異変に気付いたのではなかろうか。
 以上から、桂は遅れたのではなく、遅らせたのではないかと思うのである。
 だとしても、決して桂の評価を貶めるものではない。恐るべき強運と状況把握能力の持ち主であったと捉えるべはだろう。
 何はともあれ、これは妄想なので、色々矛盾が有ってもどうか御寛恕下さいませ。
「プロデューサーは妄想が嫌いですか?僕はいつも・・・・・・へへっ、したり、されたり・・・・・・?」
 妄想大好きですが?

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2010-06-13

光緒帝と袁世凱。

01_僕らの35


 先ずは頂戴した非公開拍手コメントへのお返事から。
 ヤツはてっきり翰林院かと思っていました。知らなかった・・・・・・フィクションの人物なのでどこに配属されてもかまわないのですが、ファンとしてお恥ずかしやw
 皇帝を籠絡するパターンですと、即位間も無い順治帝とかだと別の趣味の方も楽しめたりして一石二鳥でしょうか。ああ、でもあの歳だとやることやっても意味無いですね。何を言ってるんだわしは。


 次に私事ながら反省を。
 今週末は、とある方が新たに作成されたオリジナルTRPGシステムの二回目のテストプレイに参加させて頂く予定であった。
 それはてっきり日曜だと思っていたら、なんと土曜でしたとさ。
 ほんと申し訳ない。
 口頭でも謝罪しましたが、公開ブログで今一度お詫び申し上げます。ごめんなさい。


 んで。
 今週も『蒼穹の昴』が放送された。一時期毎月最終週はお休みだったが、最近はそんなこともないようで嬉しい。
 さて。今週の見どころは、伊藤・光緒帝会談と袁世凱耕作だろう。
 伊藤・光緒帝会談はその筋の人間にはとても有名な話で、ドラマの描写は史実と違う気がするのだが、深くはつっこむまい。
 この会談によって、光緒帝は改革断行のために袁世凱率いる北洋軍を利用してのクーデタを決意した、と言われる。
 会談についての評価は多々あるが、個人的には劇中の袁世凱と同じく、「焦ったな」と思う。改革のモデルが日本の明治維新であるのは確かだし、日本の援助を得るために接触する人物に対外穏健派の伊藤を選択したのは賢い。しかしこの時期にやれば秘密裏だとしても波紋を呼ぶのは当たり前で、光緒帝本人が出しゃばることはなかっただろう。
 それだけ光緒帝が焦っていたと言えるし、また光緒帝の側近に伊藤と密談出来るほどの人材がいなかったとも言える。
 これに対して日本側は、ドラマでは改革は宮廷と大衆から支持されておらず、日本からの協力は難しいと評価していた。ここが難しい。在野の知識人の間では、光緒帝の改革は大いに支持されている。と言うことは、実務に携わっていない知識階級にはアリで、実務派にとってはありえないのが光緒帝の改革だったのだろう。
 切羽詰まった光緒帝は一発逆転をかけて北洋軍閥の領袖である袁世凱にアプローチしたが袖にされたのは、ドラマの通りである。ただ、これは栄禄の圧迫によるものと言うより、袁世凱自身が最初から光緒帝に味方する気は無かった、と理解すべきだと考える。何故なら、袁世凱にとって栄禄なんぞ怖くないからである。
 ドラマでは栄禄が袁世凱のことを「あと三階級昇進しても目に入らない」と評していた。個人的には九品官人法を無視して単純に「三階級」と翻訳した字幕スタッフの史実認識を疑うところなのだが、それはさておき、栄禄が袁世凱を低く評価した筈が無い。
 だって北洋軍閥のボスなんだぜ、あいつ。日清戦争に負けたからと言って清朝十八番の陸軍は依然健在だし、北京・天津の防備は誰が見たって袁世凱によるものじゃないか。
 科挙学位を有しておらず、特に性根が良いわけでもないのに、その資金と軍事力から誰もが畏怖せざるをえなかったのが袁世凱だろう。ちょっと坂本竜馬と似ている。
 そして竜馬同様に、袁世凱は歴史のキーパーソンとなってゆく。李鴻章が北洋軍閥を託す時、袁世凱に対して「お前しかおらんのか」と嘆息したと言うエピソードがあるが、彼は今後何度も色んな人から「お前しかおらんのか」と言われ続けることになるのじゃよ。
 理想主義者で教養人で人気者の光緒帝と、現実主義者で無教養で嫌われ者の袁世凱。これまたなんとなく武市半平太と坂本竜馬の関係に似ている。このコントラストは出来過ぎだ。まさに事実は小説より奇なり、と言ったところか。
「んー・・・・・・千早と律子みたいなもんですか、プロデューサー?」 
 いやっ、それは違うな。てかそれはどちらにも失礼だろw

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2010-06-12

卓ゲ者という生き物は何かあるとすぐにゲームにしたがるもので。

01_僕らの29


 先ずは、昨日頂いた非公開コメントについてお返事を。
 物語におけるハーレム観、とても興味深かったです。あたるはあれで幸せなんだ、だからハーレムじゃなくても、喩えラムがいなくても、ああ言う風に生きてみたいと思うんだ、と思いました。またパターン2の具体例を示して頂いてありがとうございましゅ。
 以前にも書きましたが、拙ブログでは、非公開の拍手・コメントについては、投稿して頂いた方のお名前とその内容が特定出来ないよう配慮した上で、このようにお返事申し上げております。
 もし、これもまた不要の場合には、お手数ですが辺事無用の旨をお伝え頂けますと幸甚に存じます。
 それにしても、今回頂戴したこのコメントは大変知的好奇心を刺激されました。こう言う方がご覧下さっているのは怖い半面大変嬉しゅうございますのう。


 さて。
 ハーレムと言う単語が出たのだが、今日はふとこんなことを考えた。
 後宮のボードゲームって出ないものか。
 ボドゲって日本ではまだそんなにメジャーじゃないけど、世界的にはドイツを中心にそれなりのシェアを持ってましてな。
 その中には、ファンタジーの酒場で他のプレイヤーを酔い潰すゲームとか、粘土細工をこさえてそれが何なのか当てされるゲームとか、洞窟に入って事故る前にどれだけダイヤモンドを採掘出来るか知金レースするゲームとか、色々とあるのですよ。
 だったら後宮モノがあってもいいんじゃねえの、と。
 プレイヤーは後宮の美女になるのですよ。
 プレイヤーが担当する美女は最初からいくつかパターンが用意されていて、その中から選ぶ。
 勝利条件は、息子を皇帝にすること。
 美貌、コネ、財力、知力、運を武器に皇帝の寵愛をめぐって争う。
 美女ごとにアレの日も決まっているが、これは他のプレイヤーには秘密。バレるとそこに合わせて妨害される。ただしその日に皇帝と寝ると妊娠の可能性が飛躍的に上がる。
 んで、無事男子を出産しても、とりあえず大幅リードではあるが安心出来ない。男子の才覚や皇帝との相性によっては、後から生まれる他の美女が生んだ男子に皇太子の座を奪われる危険がある。
 あともちろん「キルゲーム」も可。
 皇帝が老年に至って生殖能力が衰えてきたら、一か八かで間男を誘うことも可能。
 どうだろう。結構面白いと思うのだが。いやらしいし。
 尚、上記のルールは漢族王朝バージョンで、末子相続のモンゴル族王朝や皇帝が皇位継承者に誰を指名したのか最後にならないと判らない(=皇太子認定が無い)女真族王朝バージョンがある。いや女真族王朝バージョンは正確には例の額縁が出来ないと遊べないんだけど。このボケどれだけの人が解るんだ。
 あとは「源氏」バージョンとか。寝る回数を増やすのが圧倒的に困難な明石の君の難易度が鬼。六条の御息所の生霊攻撃はチート。
 それはともかく、これ、美女のイラストをそれなりに有名なアマチュアの人に頼んだりすれば、かなり見栄え良く形になりそうな気がする。
 と、良い気になりかけたところでふと気付く。
 これ、「MAGIUS」版「天地無用」じゃねえのか?
 余り深く考えずに寝ると言う。

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2010-06-10

「まよキン」公式リプレイの新刊が出た。

01_僕らの27


 コアなTRPGプレイヤーの間で、最近少しずつメジャーになりつつある(気がする)「まよキン」公式リプレイの新刊が出た。
 一冊1300円ほど。
 富士見ドラゴンブックスからロール&ロールブックスに移行。
 ・・・・・・まあ色々と思うところもあるが、言うまい。
 TRPG関連書物は一度逃すと入手困難なものが多いので、是非。
 ぶっちゃけ、物語としての面白さは、以前拙ブログでも御紹介した「ニ○マス」に負ける感じだけど、ゲームのルールやその活用方法は、やっぱり動画より本の方が良く解りますなあ。
 それにしても、どうして「まよキン」はメインイラストレーターに速水螺旋人を起用しないのか。世界観と言い笑いのスタイルと言い、どう見ても偉大なる螺旋人センセがもっと前面に出て来ても良い気がするのだが。贔屓目でしょうか。

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2010-06-09

おともだちのぶろぐにかけないこめんとをここでかくという。

01_僕らの25


 とある知人の方のブログで、某ラノベの盗作疑惑について取り上げられていた。
 わし自身はそんなニュースが有ったことも知らなかったのでコメントもクソもなく、ただ驚くばかりだったのだが、その中で、「昨今のラノベは世の中を斜に構えてみるニヒリストな主人公と、それを振り回す自己中心的な女による学園ラブコメが余りに多い。そればかりではないと言えども、基本的にエロゲからエロシーンを抜いただけのようなものが目に付く。この似たりよったりな作品ばかりである状況をどうにかせにゃいかんのではないか」と言った感じのご意見が述べられていた。
 わしはこれに全面的に賛成である。
 そこでブログにコメントさせて頂こうかと思ったのだが、余りに長くなってしまいそうなので、ここで書くことにした。
 それはそれで無礼な気もするが、仮に議論に発展した場合、先方をお騒がせする愚を犯したくないので、やはりここに書くことにする。


 思うに、ラノベ、特に学園モノやハーレムモノの作風がだんだん単一化されつつあるのは、読者が作品の主人公になりたがっているからじゃなかろうか。
 みんなかわいいギャルに振り回されたり、セクシーに迫られたいのだ。それゃわしだってそうだ。
 で、その時、主人公がそのまま「楽しいな!もっと俺を振り回してくれ!とか「ああ、俺もお前が好きだ。愛し合ってるんだな、俺達」とか言うと、妙につまらなくなる。
 何故か。
 それは主人公がギャル達と同じ視線に立ってしまうからだ。
 あんまり意識したくないが、恐らく、大半のおたくは、ギャルよりも優位にありたいのだ。振り回される時も「ああー、俺、今わがままに付き合ってあげているんだー」とか「そんなに俺のことが好きだなんて、へへっ」とか思ってはいないだろうか。ギャル達と同じ視線に立ってしまうと、この優位が無くなってしまう。
 常にギャルよりも優位に立つにはどうすれば良いか。手っ取り早いのは、主人公が、状況を常に冷静に分析出来る程度に利口であることだろう。「こいつは俺を振り回して居やがる。宇宙人がいるとかバカじゃねえのか」とか「おれのことが好き?はいはい、ありがとね」とか。すると、自然と、ニヒリスティックな主人公になるのではなかろうか。
 更に言うと、状況を冷静に分析出来る視点は、登場人物の視点と言うよりも、常に物語全体を見渡すことが出来る読者の視点に近い。よって、ニヒリスティックな主人公には感情移入し易いのだと考える。
 また、冷静に状況を分析していると言うことは、この主人公、作中でボケることは出来ない。非常識な行動をとるギャルに対してツッコミを入れることしか出来ない。これも読者の視点であろう。まさか読者が作品に対してボケて、それを作品に影響させようなんて不可能である。
 ちなみにこの傾向、一度やったことがあるのだが「アンジェリーク」(第何弾かは忘れた)にも通じるところがある。ぼっとしたら逆ハーレムモノも同じなのかも知れない。


 んで。
 この傾向は昔からのものだろうか。
 個人的には、「ときメモ」辺りから少しずつ増えて来たような気がする。
 ハーレムモノと言ったら、先ず思いつくのは「源氏」だ。あれも考えようによっては当時の「ラノベ」だろうか。それはともかく、確かに光源氏は世俗での出世に執着しない点である意味ニヒルだが、女性に対してはそんなことない。原作者が女性だから、と言うのもあるのだろう。
 一気に時を下って「うる星」を見てみると、あたるがニヒルだとはとても言えない。
 その後の色んな作品を見ても、主人公が無色透明で、ギャルのやることなすことに対して冷静に「それはどうだろう」とツッコミを入れるのは「ときメモ」辺りからだと思われる。決定的なのは「東鳩」だろうか。藤田のキャラクターは今のラノベの主人公を張らせても全く違和感がない。
 では、どうして「ときメモ」辺りを皮切りに、ニヒルで感情移入が容易い主人公が増えたのか。これについてはわしにゃあ皆目見当が付きませんのじゃよ。


 ここまで書くと、そんじゃあお前ならどうすんだよ、と言うことになる。
 とは言え、まさかここでいきなり小説を書き始めるわけにもいかんので、主人公像を提起するまでとすることをお許し願いたい。
 パターン1。主人公がギャルよりも非常識。
 例えば、こんなん。
「美濃!あんた、私が創設した秘密探索部に入るって言ったじゃない。さあ、探しにいくわよ!」
「うるさい!触るな地球人のメス如きが!選ばれし大銀河の戦士であるところの俺に対して何と言う無礼!!」
 どうだろう。
 もちろんクラスのみんなはドン引きだし、秘密探索部を創設したギャルも「じゃあそれを証明してみなさいよ!」とか言う。ところが物語が進むにつれて、美濃は本当に選ばれし大銀河の戦士であったことが明らかになってゆく。勿論美濃はそれを知ってもバリバリ泰然自若。至極当然のように受け止める。だんだんクラスのみんなも「ああ、そういうもんかな」と思ってゆく。非常識が実証されることで常識へと変わる瞬間。
 パターン2。主人公の姿を見せない。
 主人公に相当する人物は確かにいるのだが、台詞無し。各章ごとにギャルの一人称で物語が進む。各章のギャルの目から見た主人公像が延々と語られるのみ。台詞無しだから主人公との会話も無し。どのギャルも主人公に恋愛感情を抱いているのだが、それを受け止めるべき主人公像が無い、という話。御理解頂けるだろうか。
 実はこれ、「ときメモ」のノベル版とかに近い。
 それはともかく、このパターンだと、各章ごとにギャルからの評価が異なると面白いな。最初は優しい草食系なのに、次は物凄くケンカっぱやい荒くれ者で、最後は選ばれし大銀河の戦士とか。ただ、これはラノベとしては成り立たない気がする。
 パターン3。非常識な主人公が周囲を見守る。
 パターン1と2を混ぜた感じ。非常識な主人公を見つめるギャル達の独白。主人公の非常識ぶりを際立たせるために台詞とギャルとの会話は有るべき。あるギャルはドン引きし、またあるギャルは「ああっ、やはり貴方が選ばれし大銀河の戦士様だったのですね!?」とか。
 やっぱりこれも、ラノベとしては成り立たない気がする。


 以上、つらつらと書いてみたが、なんだかんだでギャルをいっぱい出して、それを主人公に感情移入して楽しませようとするなら、やっぱりニヒルな等身大の主人公が扱いやすいと思った。
 ただ、やっぱりそのパターンは飽和しつつあるわけで、ここらでイラストにもギャルにも頼らず、文章だけで勝負できる作家がもっと出て来ないといかんかな、と感じる。
 長々と失礼致しました。

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2010-06-08

なんか島津の殿様を見ているようですな。

01_僕らの20


 旧友から『そらのおとしもの』なる作品を勧めて貰った。
 色々調べてみたのだが、作品そのものよりもいやらしいカバーイラストのティッシュを配ったりするスタッフの姿勢がドツボである。
 これは香ばしい。


 さて。
 ついこないだ知ったのだが、辛亥革命後の外モンゴルのボクド・ジェプツンダンパ・ホトクト・ハーン号って中華民国大総統の冊封に基づき与えられてたんだと。
 冊封だってー。
 きもーい。
 冊封が許されるのは前近代までだよねー。
 きゃはははー。
 革○後の政権が如何にアレであり、満洲族憎し以外の何も考えていなかったことが良く解るエピソードである。少なくとも、清朝が最後の十数年間で必死に取り組んでいたことが何なのか、絶対に解っていなかったと思う。
 あと、冊封って中華帝国の暦、具体的には元号を共有することが条件に含まれている筈なのだが、この点どうしたのだろう?大総統は一応民選なのだから元号は無いよな?
 日本の皇紀と同様にマクロな年数計算の単位として革命以降を民国何年と言うが、あれは厳密には元号じゃないしなあ。だってそれだと大総統が代替わりにしても変わらないじゃん。一世一元・一世多元はあっても多世一元は元号の本質からしてありえないでしょ。
 ちなみに、この民国何年に至るまでに、西暦がイエスにあやかっているのだから黄帝にあやかって年数計算の単位を制定しようとか、色々面白い話があるのだが、割愛。
 そんで何が言いたかっちゅうと、当たり前だが、前近代政権を倒したらすぐに近代化を達成出来るとか、近代化したと主張してもそれが実質を伴っているかは別の話だなあ、と思ったのであった。
 維新直後に島津の殿様が「いつになったらわしは将軍になれるのじゃ」と言ったらしいが、似ている気がする。このエピソードはフィクションとの疑いもあるが、こう言うエピソードが生まれたこと自体に、薩長土肥ばらのお偉いさんがどんなもんだったか理解するヒントが有るようにも思うのだが、流石にそれは早計ですな。

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2010-06-08

ここ数日で二つも楽しみにしていたテレビ番組が終わってしまった。

01_僕らの18


 ああ、『新・三銃士』が終わってしまった。
 最終回ですが、ネタバレを避けて感想を一言で表すと、「ぬるいな!!」でしょうか。
 もっと悲喜劇として激しく描け、と言うのではなく、各キャラクターが抱えていた葛藤が、これまで長々と時間をかけて来たわりに軽く解決してしまっていた点が「ぬるい」と思った。
 本当に三谷か!?
 実は三谷の商売っ気の無い作品って、ひたすら暗くて面白くないものが多い(気がする)んだけど、じゃあ売れた作品が全部明るくて軽いかと言うとそうでもないのが凄い所だと思うのですよ。ダークな自分の本質をきちんと練り込んだ上で、売れる商品を生産出来ている。
 アマチュアの小説家には、たまにダークで深淵なことさえ言っておけばそれが自分のチャームポイントで、それが人口に膾炙せんでもいい、と言う方もいらっしゃるのだが、これに対して三谷は「確かにオレはダークだけど売ることも出来るぜ」って言ってるもみたいで、このエンタテイナー性は高く評価される然るべきだろう。ダークオンリーな方かこれに対してクリエイターとして劣っているかどうかではなく、芸の幅の広さと言う点で。
 んで。
 はっきり言って『新・三銃士』は最後になってトーンダウンしたと思う。それも最後の最後、ラスト2,3話くらいで。
 あれはなんだったのだろう。NHKから「あくまで良い子の人形劇ですから」とでも言われたのだろうか。三谷に「ひょうたん島」をやれと言うのだろうか。そりゃもったいないぜ。
 とにかく、『新・三銃士』は総評としては花マルだが、満点は難しい作品であった。
 次に『タイムスクープハンター』が終わってしまった。
 残念だ。「ヒストリア」がたまにウケを狙って「秀頼は三成の子かも」みたいなくだらんボケかますのに対して、制作者のまじめさと歴史への愛がひしひしと感じられる傑作なのに。
 放送時間枠とその長さと回数を考えると、あんまし売れていないシリーズなんだろうなあ。
 一時間放送にしてくれとは言わないから、これからも短期集中で、息長くやって欲しい番組である。
 そんなわけで、わしにとって「三銃士」→「蒼穹」→「竜馬」→「タイムスクープ」と言う黄金の四連鎖が、あっという間に半分になってもうたのである。
 ああもう、どうすれば。
「僕と一緒にいられる時間が長くなった、って考えちゃいけませんか?プロデューサー・・・・・・?」
 ま、まこまこりん・・・・・・ッ!!

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2010-06-07

これは良い池田屋描写ですね。

01_僕らの17


 日曜日は「バトスピ」と『龍馬伝』の日だとかどうとか。
 何はともあれ『龍馬伝』感想いきます。
 今週は池田屋でしたが、良い描写でしたな。あくまで主役は竜馬なので、竜馬の目=事件に直接関係していなかった同時代人の目、から描けていたのではないか、と。最初はもう、何が何だか状況が読めなかったんじゃなかろうか。
 京都周辺に在住の方、及び幕末ファンの方には常識かも知れませんが、池田屋辺りって想像以上に道が狭くて、あんなところで十人以上の人間が斬り合いなんかしたら周辺の一般市民も巻き込んで凄い混乱だったろうなと思います。近藤らが寡兵であったにも関わらず好戦出来たのも、あの地理的状況によるものが大きいのではないかと。
 ちなみに、今の池田屋跡ですが、わしの記憶の通りであればそのまま池田屋と言う名前の居酒屋でして。それも全然風情が無くて、いかにも池田屋事件を使ってネームバリューを得ようとしているような店でして。あんま楽しくないです。
 池田屋から壬生の屯所まで、あの全く実用されなかっただんだら羽織で練り歩いたと言うのは有名な話ですが、前述の通りあの界隈って道幅が狭いくせに人口が多いので、そりゃあ目立ったんじゃないでしょうか。四条辺りまで下ると少し開けるのだけど、ほんと、三条大橋より内側って想像してたよりずっと狭かったんすよ。
 んで。
 もう一つ良かったのが、階段落としを見せなかったことね。
 ドラマだと桂が来たと勘違いして部屋を出た者、確か土佐の・・・誰だっけ?ググれば解ると思うのだけどまあいいや、とにかくあいつがどったんばったん階段から落ちてましたな。
 小説とかでも有名なエピソードで、一般的には近藤の「御用改めである」を聞いた池田屋主人が「お二階の皆様、御用改めにございます!」と叫んで、何ごとかと顔を出した土佐っぽが出会いがしらに近藤に斬られて階段落とし、と言う場面。
 これ、演劇とかでも見どころなんだけど、危険極まりない演技だそうな。そりゃあ階段から受身無しで落ちるんだからなあ。
 んで、ドラマではどんがら音だけして画は見せないという工夫がされていて、面白かったです。あと「御用改めである」が無いのも、「ああ、桂が来て無かったんだからそうだったかも」と思えて良かったです。
 話を池田屋事件そのものに戻す。
 世間的にも、維新を十年遅らせただのと空悪名高いこの事件だが、実質的には政治犯を白色テロがボコボコにしたことで、都市部での広範囲放火とそれによる無差別大量破壊・殺傷を未然に防ぐことが出来たものと言って良いだろう。
 ドラマ中で外国人が攘夷を邪悪と評していたが、悔しいかな、これを見る限り完全に否定することは出来ない。
 さて。
 外国人の話が出たので、こちらについても少し触れておく。
 今回は外国語パートで外国語と日本語の両方の字幕が付いていて、大変ありがたかったですな。
 もう完全に日本を経済侵略する気まんまんの悪役として描かれている諸外国。具体的には英仏露蘭。
 この時点では仲良しに見えるが、もう少し経つとフランスが幕府に、イギリスが薩長土肥どもと組む。
 これは単なる利権獲得競争ではなく、一次大戦に繋がる欧州情勢そのものが反映されている。どうしても日本史だと日本を中心に見てしまうので、「搾取される日本と搾取する西洋諸国」と言う二項対立で考えてしまうが、ヨーロッパ諸国はEUが奇跡か冗談としか思えないような筋金入りの敵対関係に在ったことにも留意すべきだろう。
 とりあえず、今週はこんなところで。

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2010-06-06

話が進んでいない。

01_僕らの15


 先ずは頂戴した拍手へのお返事から。
 某P様(なるべく「ニ○ニコ」界隈と関係が有りそうな言葉を用いたくないので勝手に匿名とさせて頂くことをお許し下さい)、わざわざリアクションを頂きまことにありがとうございます。
 自分でもきもいぐらい繰り返し申し上げますが、ファンです。もしわしがキツネ耳ロリババアだったら初対面でBまで即オッケーとか、そんな感じです。ほんときもいですね。


 さてさて。今週も『蒼穹の昴』が放送されたのだが、これがまた、見事に話が進んでいなかった。
 キーパーソンは伊藤博文と袁世凱なのだが、どちらも次回に大きな扱いを受けるようで、今詳しく書くとネタバレになってしまう。世界史Bを履修された方には常識なのでネタバレもクソもないのだが。
 とりあえず、袁世凱の扱いがひどいことについて少し書くことにしよう。
 袁世凱の人気はとても低い。洋の東西を問わず低い。そしてドラマでも見るからに俗物でカイゼル髭の出来そこないみたいなの曝すアホっ面であった。
 なんでこんなに低いのかと言うと、次回の放送で扱われるであろう一件のためと、革命後に帝政復活を目論んだからである。
 でも、清朝が成し遂げようとしていた立憲制の確立と中央集権化をおじゃんにした連中が、いざ自分達の番になったら全く出来なかったあの状況で、開発独裁体制を可能にするであろう帝政への復帰って悪手では無かったと思うのだが。
 みたいなことを、確か十数年ぐらい前に欧米の研究者が本にしたのだが、そしたら同じく欧米のジャーナルのレビューで「黒を白と言う男」とか、そんな感じで叩かれたんだよなあ。
 少なくともわしにとって袁世凱とは、日本の朝鮮侵略を武力でなく知力で阻止し続け、自分の社会的地位の向上と中国大陸の中央集権化を可能な限り同時に達成せんとしたが悲しいかな決定的に内政センスが欠けていた野心家、って感じです。

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2010-06-04

ここんところ2D6振ってねえなあ。ちらり。

01_僕らの12


 タイトルのような真似をすると誰かが誘ってくれるらしいと言うことを学習したので早速使ってみたのですが、正しく使用出来ておりますでしょうか。
 正確にはAAを添付するようですが、何せメールで顔文字も使えない身なので割愛。
 2D6じゃなくて2D10とかD66とかでも良いです。
 昔からコンペティションとかにも参加してみたいなあと思っているのですが、何せTRPGに際してはGでもRPでもなくTで楽しんでいるもんで、ちょっと赤の他人様とはやりにくいなあ、と思ったり。
 あと、どうやら「ニ○マス」Pには卓ゲ者が多いみたいなんだけど、どうせなら「アイマス」オンリーコンペとか開かれないかなあ、と考える次第。
 だったらてめえがセッティングしろ、と。全くその通りですね。
 ・・・・・・無責任に言ってみるが、例えば卓ゲ者の「ニ○マス」Pの諸兄姉に、とりあえず著名大型専門店と言うことでイ○サブのプレイスペース(有ったっけ?)を大型連休中二日間貸し切ったのでオフ会しましょう!ってお誘いしたらどうなるのだろうか。
 楽しそうだが、TRPGである以上キャラクターはオリジナルだろうし、あんまし「アイマス」っぽくならななくて白けそうな気がしないでもない。

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2010-06-03

更に思い出した。

01_僕らの08


 これまた京都のホテルにて朝のことじゃった。
 テレビを点けたら「ムーミン」だった。
 劇中にたわしみたいなのが出て来るんだけど、あいつがムーミン邸の前で背中を下にブレイクダンスみたいな高速スピンをキメてやがった。
 それをすると、地面がえぐれて陥没するわけだ。
 たわしは夜の内に、ムーミン邸玄関から海岸まで、何度もスピンをする。
 そしたらムーミン邸と海岸を繋ぐ巨大な足跡が出来て、ムーミン一家らがそれを見て怪獣がやって来た、と騒ぐと言うお話だったのじゃよ。
 んで、べつにそれが面白かったのではなくてですな。
 その時ムーミンパパが持ちだした銃が、黒色火薬の喇叭銃だった。
 火縄が見えなかったのでもう薬莢なのか、と思ったが、あの幅広の銃口は喇叭銃だと思う。
 喇叭銃ふりまわして大騒ぎするムーミンパパ。こうして文字で書いても面白くないだろうが、画で見るとなかなか味わい深いものがあった。
 と言うか、自宅に喇叭銃を備えると言うのはどうなんだ。
 何者かが侵入したとして、インドアで喇叭銃って効率的なんだろうか。
 それとも家に入られる前、例えばムーミン邸に籠城して使うつもりなんだろうか。
 武装しているのはムーミン一家だけなのだろうか。それとも谷のみんながそれぞれ武器を所有しているのだろうか。
 そんなことを考えた京都の朝じゃった。

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2010-06-02

思い出した。

01_僕らの07


 そう言えば、京都のホテルで朝にテレビを点けたら『侍ジャイアンツ』だったかをやってましたな。
 朝から豚骨ラーメンをハリガネで食ったような気分でした。
 そんだけです。

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2010-06-01

ちょっと記憶があいまいだが、触れないわけにはいかんのう。

01_僕らの02


 さてさて。こないだの『龍馬伝』である。
 ちょっと記憶が曖昧なのだが、イギリス公使が幕府と交渉していたシーンを思い出したい。
 あの時、公使が「free trade」と言ったのに対して、幕府側が単に「貿易」と訳していなかっただろうか。
 だとしたら、これ、正直脚本の史実認識を疑う。自由貿易と制限貿易が天と地ほどに異なるものであることは周知の史実だ。制限貿易だと儲からないから中国に対して砲艦外交に出たのだし、貴金属輸入量を増やしたいから日本に対しても同様だったわけで、ここんところとても重要なのじゃよ。
 もし「free trade」を正しく自由貿易と訳していたのなら、それはそれで面白い。
 関税自主権が無いのに自由貿易とはこれいかに。
 ドラマでは、イギリス公使が自由貿易の拡大のために開港場を増やせ、と言っていた。関税自主権が無いのに自由貿易とはちゃんちゃらおかしいぜ。
 そしたらイギリスはこう言うのだろう。「だって対米交渉の際に、関税自主権を自主的に放棄したじゃん。おたくに関税自主権が無いのはこちらが強制したんじゃなくて、そちらが自由に選択した結果なの」。
 じゃあ関税自主権をめぐる初期の交渉が砲艦外交(=実質的強制)じゃなかったと言う証拠を示せ。
 そんなわけで、あの「free trade」の一言は、近代史の人間、特に経済史の人間にとっては物凄く大きな意味を持つのである。
「僕はいつでもプロデューサーとラブのフリートレードですよ」
 じゃあ大量輸出しちゃうぞ!そーれ、敏感なところで貿易摩擦しまくりだー!!

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