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2010-07-11

第二部、完。そしてどこへ向かうのか竜馬。

02_例えば22


 遂に『龍馬伝』第二部、完。
 久しぶり面白い「大河」で週末が楽しみなのは、わしだけではあるまい。
 しかし、今回は見ていてちょっと不安になった。
 具体的には、竜馬を革命家として捉えるつもりなのか、という不安である。
 ちなみに、竜馬は革命家ではなく商事の人だ、と言うのがわしの竜馬観である。とにかく武器を売って儲けることが出来ればそれで良く、そのために不都合なところを解消していったら、いつのまにか時代のキーマンになっていて、後世の人がヨイショしてくれた、と言うイメージである。
 別にこれと符合しないからノー、と言うのではない。
 本作では、竜馬は地方分権的な幕藩体制を解体し、中央集権的な国民国家体制を確立させて日本の独立を守ろうとしている人物に見えた。
 幕藩体制を解体するには徳川幕府を終わらせて朝廷を頂点とする統治機構に再編せねばならない。公武合体と大政奉還の最終目標地点はそこにあったわけなのじゃよ。
 逆に言うと、大政奉還が成った時点で幕藩体制の解体は可能であった。藩と藩主は幕府あってのものですからな。薩摩藩主と薩摩守は決して同じ肩書ではない。
 それでも戊辰戦争を起きたのは徳川家が依然として巨大な勢力を有しており、これに薩長土肥ばらが恐怖を覚えたからだ、とされる。ここまで来るととても中央集権化を目指しているとは思えない。地方のエゴ、地方分権の負の側面である。藩閥時代が薩長幕府と揶揄されるのもむべなるかな、である。作中の勝センセも泣いてるぞ。
 作中の竜馬はとことん徳川幕府に愛想が尽きたようだが、果たしてどこまでやるつもりなのか。
 本気で幕府だけでなく徳川家までをも潰すつもりなのか。ならば徳川家に代わる中央官僚集団の確保と中央集権化の核足り得る主勢力をどこに求めるのか。そんなもんどこにも無いだろう。作中の勝センセも泣いてるぞ。
 もし竜馬がそれらを踏まえずに革命論者となるならば、残念である。折角ここまでエンタテイメントと近代史と社会科学を巧みに取り混ぜて来た作品なのに、一気にバブル以前の三文小説風「大河」に成り下がる。
 そもそも、自分の理想が潰え、友人をそれで失っただけで既存の社会秩序の破壊を目指す時点で余りに極端な思考の持ち主と言える。清末期の穏健改良派が国会開設運動を期に革命派に流れる様を見ているようだ。または第二次天○門事件時の学生とか。
 そんなわけで、第二部完の今回だからこそ、敢えて苦言を呈したい。
 愛する『龍馬伝』よ、何卒引き続きリアルに、スマートに、かつユーモラスに日本の近代化を描きたもう。ただの革命によるフラストレーション発散映像に堕するなかれ。
 作中で岩崎が、この時点から竜馬がみんなの知っている「坂本竜馬」になっていったとするが、その「坂本竜馬」とはどの「坂本竜馬」なのか。結局はここに行き着く不安であろう。
「そうは言いますが、最近きちんと毎週見ている番組って、もうこれぐらいじゃないですか、プロデューサー」
 そうね。あとは「ニ○ニコ」で君達の姿を追うぐらいだものね。
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2010-07-11

な、なんだよ、それ・・・・・・。

02_例えば21


 ついに『蒼穹の昴』が最終回だったわけだが・・・・・・。
 ・・・・・・。
 そりゃないだろう、と。
 先ずは、原作はこんなもんじゃないことをお断りしておきたい。全く違う。原作は「え?なんでこっちで直木賞じゃなかったの?」と思うぐらいの傑作である。
 んで。
 最終回だが、ここに来て本当にイヤになった。あの国の「革命史観」の浸み付き具合は洒落になっていない。
 改革に失敗した梁文秀が、最後の最後で、民の幸せさえ考えればいい、皇帝や清朝がどうだとかは関係ない。難しく考えすぎていた!新しい時代が来るんだ!酔いから覚めた!!みたいなことを口走っていた。
 本気か。
 一々つっこむのもアホらしいぐらいアホだが、一応書いておこう。国を豊かにすることが第一目的であることは正しいとして、大事なのはそれをどのように行うか、だろう。理想さえ正しければそれで万事うまく行くわけがないのである。
 前近代国家を近代化して国民の生活を豊かにしようとするなら中央集権化した上での開発独裁がポイントとなるが、清朝無くしてそれが可能な主権政府を創出出来る、と?実際どうだったよ。軍閥がみんな孫文や袁世凱の言うことを聞いたのかよ。
 革命を肯定するのであれば、せめて清朝では出来なくて民国なら出来そうなことをレイシズムに関する部分抜きで説明してからだ。探せば有るんだから、ちゃんと踏まえてから、言え。
 また、国を豊かにしようとして理想主義で突っ走ってハードランディングでこけたのがお前らだろうが。反省してないのか。
 と、フィクションのキャラクターにつっこむこと暫し。
 続いて西太后の夢の中で光緒帝が、西太后の四十年はその無能ぶりを世界に知らしめただけだ、と言った。
 西太后がいなかったら曾国藩や李鴻章の抜擢は難しかったろうし、引いては軍備と産業の近代化がずっと遅れていたと思うがどうか。
 結論すると、そんなにお前らは清朝が嫌いか、と。
 お前らが知っている清朝とは、阿片戦争で負けて外国の言いなりになり、不正が横行する王朝としての面だけじゃないのか。
 列強との交渉が本当に惰弱なものでしかなかったのか。不正がどうして行われ。またそれが末端財政の次善策として機能し、しかもある程度民衆から支持されていた背景は何か。
 もっと腹が立つのは、さんざんこきおろしておきながら、こうしたネガティブな面を改善せんと取り組み、且つ一定の成果を収めた光緒新政(光緒帝在位中のことなのでそう呼ぶがドラマで扱われた時代以降に実施された西太后政権による改革)についてすっとばし、いきなり1912年の話をしていたことである。
 史料まで遡れとまでは言わないが、少なくともこの二十年ほどの日英米の研究を概括すれば、こんなに荒い語り方は出来ないと思うのだが。
 はっきり言って残念な作品であった。清朝批判をすること自体はもちろんそれぞれの考え方なのでかまわないが、その論拠が明確でなく、稚拙である。
 どう見ても「革命史観」の正当性を前提とした表現であった。しかも最終回になっていきなりどんどん打ち出して来やがる。
 日中共同制作らしいが、とにかく、これはおそまつだった。
 せめて近代中国史ブームの火付け役にでもなって頂ければ幸甚である。
「やっぱりここは、僕達を絡めるしかないじゃないですか?プロデューサー。へへっ!」
 情けない話だが、そんな気もしないでもないよ。

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