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2010-10-31

先週に比べて今一つツッコミ甲斐の無い回か。

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 先週が物凄くツッコミしたくなる回だったためか、今回はどうも。
 あ、言い忘れておりましたが、『龍馬伝』感想です。
 治外法権の話でも絡むかと思ったのですが、あまりそっちの方向に話が進まず、どうにもこうにも。
 ・・・・・・。
 ああ、そうだ、パークスの通訳をしていたアーネスト・サトウですが、この辺にどっぷりな人間にはとても馴染み深い人物です。出世します。日英関係だけでなく中英関係史でもキーパーソンとなります。
 作中では「さとうさん?」と当時の日本人が佐藤姓と混同していたことを思われるセリフが有りましたが、記憶が正しければ彼は日系の血脈にありません。
 サトウのスペルは「Satow」であり、イギリス人としては「まああるよね、そう言うの」って感じの姓らしいです。
 ・・・・・・このぐらいだろうか、今回史実厨的にツッコミたいのは。
 ・・・・・・そうそう、史実とはあまり関係ありませんが、岩崎が面と向かって竜馬に絶交を言い渡すシーンですが、あれ大変良かったですな。
 大義のために動くのであれば身近な人間を片っ端から不幸の巻き添えにして良いのか、と。
 海援隊の奴らが未だに岩崎に対して、お前は商売のことばかりだな、みたいなことを言ってましたが、あんなセリフを聞くと第三部のころから全く成長していないんだなあ、と心から思います。
 現実の海援隊はどっちかと言うとドラマの岩崎に近かったと思うのだけど、あくまでその辺は綺麗事で済ますようですな。
 武器貿易も、いざケンカになったら仕方無いから買っておく、みたいな片づけ方してたし。
 ケンカになるか否かに関わらず儲かるから売ってたんじゃねえの。
 どうにもこうにもウソ臭い主人公よりも、容堂や岩崎と言った営利主義的なキャラクターの方がシーン数はともかく丁寧に描かれている気がします。
「なんだかんだで、結構書いてますよ、プロデューサー?」
 やっぱ面白いんだわ、『龍馬伝』。誰もやらないならわしが「ニ○マス」で外伝パロディしたいくらいなのじゃよ。
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theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

2010-10-30

バリアブルベジタブル

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 野菜は美味い。
 でも最近は高くて困りますのじゃよ。
 特に肉好きと言う訳でもないれど、昼飯時なんかに安い食べ物となると実はクズ肉を使ったものだったりして、そんなもんばっか食ってる気がします。

theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

2010-10-30

『オレはロイヤルスケベ』51発目

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 恥ずかしいけど楽しいことを雰囲気のせいにしてやってしまえるのが学園祭の醍醐味かと。
 個人的な思い出ですが、自主制作サークル在籍時代に、学園祭の上映会で人手不足のためか何故か一時的に司会をやらされたことがありまして。
 最初はどうしたものかと不安でしたが、ああ言うところでボケをかましてウケをとることが出来ると物凄く快感だったことを良く覚えています。人間恥ずかしいことでもやってみると案外気持ち良かったりするんだな、と思いました。看板持っての呼び込みも語学の友達なんかに見つかると冷や汗ものでしたが、慣れて来ると声も出て楽しかったような気がします。

theme : 自作漫画
genre : アニメ・コミック

2010-10-27

響と真には相通じるものが有るような無いような。

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 まこまこりんと響には何か通じるものが有る気がする。
 ならば雪歩は響にも好意的になりうる気がするが、雪歩は真のようなかっこよさに憧れているのであり、響はどっちかと言うと可愛いに分類されるので、相対的に付き合いが薄くなるのだろう。
 同様にかっこいい女である貴音とは近付き易いのも、頷けるところではないだろうか。

theme : アイドルマスター
genre : ゲーム

2010-10-27

さあ、(わしにとって)楽しいコレが帰って参りました。

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 やっぱりこのぐらいのレベルの制作がわしには合っている気もします。
 前回の貴音と言い、わしは「SP」ファンを敵に回すつもりのでしょうか。
 時に、作中で「再興」と言ってますが、琉球王家は滅んでいないので正しくは「再興」とは言えないでしょう。「復権」が一番適切かと思いましたが、ここは「再興」とした方が貴種流離譚っぽいし、響らしくていいかな、とか、そんな感じです。

theme : アイドルマスター
genre : ゲーム

2010-10-26

ギャルのキックが好き。

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 格闘値が高めのギャルが好きな人って多いと思うのだが、是非パンチとキックでどっちが良いかと聞いてみたい。
 わしはどっちかっつうとキック派で、その理由はパンチよりも品が無い感じがするから。あくまで主観なのでそんなこたねえ、と思われましたらご勘弁。
 パンチは上半身でするけどキックは下半身なわけで、下半身をばっくり開いてキックする様が好きだ。セクシーではなく可愛い。
 逆にセクシーを狙ったキックにはときめかない。いかにも描き手がパンチラを見せるためにしているようなキックとかはダメだな!
 あと、パンチよりもキックの方が重たいわけで、股ぐらおっぴろげると言うリスクを気にせず、より破壊力が高い攻撃手段を選択する様にも胸ときめくところがあるのじゃよ。

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genre : アニメ・コミック

2010-10-24

多分今回が史実厨的には一番大事な回。

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 いつものように『龍馬伝』感想です。
 今回すげえ長くなると思います。いつにも増して誤字等多くなるでしょうが御寛恕下され。
 さて。
 『龍馬伝』のテーマは「近代化とは何か」であると考えてしまうわしのような史実厨にとって、恐らく今回の話が、全話中一番大事だと思う。
 小学生でも知っている「船中八策」。その制作の由来や実現性には議論があるのだろうが、とりあえずここでは、現在に至るまで遺されているブツそのものに焦点を合わせることにする。
 近代日本史を専門にされている方にぶん殴られることを覚悟の上で極めて簡単に言うと、「船中八策」とは近代化のアウトラインである。
 近代化の要素は、世界史B等では国民国家、官僚制、常備軍である、と教わる。確かそう。少なくともわしの時は・・・・・・いや、わしは林原ボイスの中学生なので良く知りませんが。
 それはともかく。
 実際には近代化の要素は、上掲画像のように五点ではないか、と考える。
 先ずは中央集権。主権を持つ政府を一つに制限すること。作中の表現で言えば帝を中心にした政権の樹立、即ち藩を取り除いた幕藩体制ではない統治システムの構築である。「志士」の多くは単なる幕府に対する不満や天皇制に対するファン心理から尊王を唱えていたのだろうが、尊王の本質は幕藩体制の否定に在る、と言うのはこれまで繰り返し書いて来たことである。今回の冒頭で薩摩が幕府が勝手に外国と約束したことだ、とぬかしていたが、あれを認めると薩摩は独立国となってしまう。こう言う振舞を抑止するためにも中央集権は不可欠。
 次に立憲制。「国民」の定義や官僚登用制、はっきり言ってしまえば学歴を判断基準とした「科挙」の制定を行う。
 これによってようやく、国民国家となる。全ての国家の構成員は均質な「国民」となる。
 そうして初めて、コネや血脈、財力に関係なく官僚を選抜することが可能となる。また、「国民」によって構成され、地方の利権に左右されずに行動出来て、且つ中央税制によって常備される国民軍を設けることが出来る。作中の竜馬が言うところの「日本の海軍」ですな。
 また、均質的な「国民」であるからこそ、誰もが立法権を持ち、平等に、地方の利権に左右されることなく議会を構成することが出来る。この時、立憲制が確立しているので、立法者は自然と主権者となる。
 と、長々と書いてしまったが、どれも今日の日本では常識である。逆に言うと常識だからこそ、その重要性が解らず、自らこれを破棄するような議論が出て来るのだろう。
 んで。
 こうして近代国家になって初めて、他の近代国家と対等に付き合えるのである。どうしても前近代のまま付き合いたかったら、凄まじく広い国土と膨大な人口でも持つしかない。お隣の国や太平洋を挟んでこれまたお隣の国のように。
 お付き合いは国家間外交には限らない。作中の岩崎が欲していたように、自由な対外貿易や株式膾炙の設立も始まる。
 しかしここで重要なのは、民・商法体系の整備である。
 無論立憲制を確立する時には出来ているべきものだが、今回の『龍馬伝』でお解りの通り、多分、明治政府はここに着手するのが遅かった。それは清朝も同様であり、仕方の無いことなのだろう。
 作中では株式会社の設立にはトップの実力が不可欠とされていた。それはそうなのだが、株式の有限責任制や、取引市場の開設、コネや強制とは無関係の自由な売買即ち流動性の保障が必要だ。こうした株式会社でにければ、近代国家の商社はリスクが大き過ぎてまともに付き合おうとはしないだろう。そのリスクを補うために不平等時ようやくを持ち出すのじゃよ。
 作中では、「船中八策」の内、「律令」の改訂に関する部分でナレーションが入った。しかし岩崎のセリフを考えると、あそこはとても重要なのである。「律令」は刑法と行政法のことである。ここから解るように、古来、東アジアでは民・商法に対する意識が薄かった。
 今作は海援隊の武器貿易と竜馬を極力無関係にしたいようだが、竜馬が説く「律令」の改訂は彼の対外貿易と見さっ節に関係しており、大事な部分だったと言える。
 さて。
 以上述べて来たことは、実は、その九割近くが、既に拙ブログにおける感想で触れたことである。
 つまるところ、今回の話は『龍馬伝』における史実厨がつっこみたがるような社会科学的なポイントを全ておさらいするものであった。
 これはあくまで憶測だが、『龍馬伝』のテーマが「近代化とは何か」であるならば、スタッフにとって「船中八策」の作成は大政奉還と対をなすクライマックスだったのではなかろうか。
 最後に細かいことを言うと、「船中八策」はあくまでアウトラインであり、具体的な話は皆無である。竜馬は先進性を有していたのだろうが、専門性の有る知識人では無く、ましてや官僚となる素質を持ってはいなかったのだろう。
 やっぱり実業家だったと思うぜ。こっちはあんまり上手くなかったけどよ。
「にしてもプロデューサー、やっぱり竜馬のイメージは春香なんですか?」
 なんかね。清末だと光緒帝:千早みたいな感じで、いつのまにか定着しつつあるんだよ。
「近藤じゃないんですか?」
 いや、そっちのがハマりなんだけどね。田舎っぺ臭くて純朴でどっか暴力的なヤバい感じがして。
 

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genre : アニメ・コミック

2010-10-22

酒・・・・・・うんめえええええッ!!

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 前回頂戴した拍手の内、コメントをお付け頂いた方へお返事です。
 お言葉、確かに「彼奴め」に伝えておきます。きっと泣いて喜ぶことでしょう。敬愛する貴兄の御高覧を賜っただけでゾクゾクしているようです。 

 そして今に至る。
 ああー、もう。この解放感と言いますか、寂寞感と言いますか、このためにやってるような気がします。
 もちろん第三者評価を意識してやっている遊びなので、有り難いお言葉を頂戴出来ればより一層嬉しいです。
 時に、ふと気付けば『龍馬伝』等のおかげでカウンターの回りが良くなって以来、どうして拙ブログと「ニ○ニコ」界隈を繋ぎたくないのかご説明申し上げていなかった気がします。
 良い機会なので、改めて申し上げたく存じます。既に御存知の方はどうぞシカトして下さい。
 わしにとって、拙ブログでの絵やテキストは、第三者評価を意識していません。公開しているのだからゼロではありませんが、それを第一目的とはしていないし、評価を頂戴出来なくてもへこみません。無論頂ければ有り難いですが。
 一方、別の名義でやっている「ニ○マス」は第三者評価を意識しています。確実に意識しています。
 よって、傍から見ればクオリティに大差は無くとも、わし自身としては、制作の際の覚悟が違うのですじゃよ。
 じゃによって、我儘にて申し訳ございませんが、拙ブログと「ニ○ニコ」界隈は切り離して、また拙作者はどちらも別人格として頂きたいのでございましゅ。何卒宜しくお願い申し上げます。
 特に『オレはロイヤルスケベ』な。あれは基本オナニーだもの。流石にあれを描いておいて他人様に褒めて頂こうとは言えねえよw

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genre : アニメ・コミック

2010-10-22

出ましたのじゃよ。




 おかげさまで、ようやく出ました。
 ほんでもって、毎度のことですが、わしことminoと、この動画の作者は、あくまで別人格と言うことで、宜しくお願い申し上げます。
 ほんと毎度お願いして、申し訳ないのですが、そこをどうか一つおたの申しますのじゃよ。
2010-10-21

出すぞ、出すぞ、出しちゃうぞ!

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「ああっ、そんな、は、早いですっ、プロデューサーあ!」
 そんなこと言ったって、もういじくり倒したって感じだぜ。出すぞ!
「だっ、だめえっ、まだやだあっ」
 はあっ、はあっ、はあっ、ちゃんと準備したし、いいよな!?
「あっ、僕、う、嬉しいですけど、ちょ、ちょ、ちょっと、ま・・・・・・あんっ!」
 ふぐぐぐぐぐぐぐッ!!

 いやその制作が今丁度そんな感じです。
 

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genre : アニメ・コミック

2010-10-19

ボールペンのインクの出が悪い。

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 愛用しているボールペンのインクの出が悪い。
 買い換えればいいのだろうが、まだインクが一杯残っていて勿体無い。
 えーと、確か逆から吹くんだっけか。今度やってみんべ。
「違いますよ、ペン先を舐めるんですよ、プロデューサー」
 じゃあまこまこりんが先っちょ舐めてよ。わしは後ろからいくから。ね。
 ふーふーぺろぺろ。
「なっ、なんかポッキーゲームみたいですね・・・・・・へへっ」
 はいはい、元和偃武、元和偃武。

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genre : アニメ・コミック

2010-10-18

早く出してしまいたいような、そうでもないような。

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 とっとと完成させて出してしまいたいような、そうでもないような。
 出せばほっとするんだろうけど、そうもいかないような。
 ああもうっ、ほんと、アニメの自主制作は最終コーナー曲がってからが一番面白くて辛いわね!!

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genre : アニメ・コミック

2010-10-17

「竜馬って、本当に最低の屑だわ!」

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 タイトルは「アンジェリカ」のパロです。御存知ない方にはただの誹謗中傷にしか見えないかと思いますが、御気に障られましたら何卒御寛恕を。
 で、『龍馬伝』感想。
 ね、最低の屑でしょ。かっこいいよね。皮肉ではなく。
 わし個人の尊厳のために申し上げておきますが、こうした彼の行いを正当化したいのではありません。ピカレスクモノで興奮しているのであります。真剣に考えろと仰せならば、絶対認めません。
 んで。
 前回の感想の最後に、竜馬が銭のためなら何でもする男であるかのように述べた意味を御理解頂けたのてば、と思うが、如何だろうか。
 わしも「いろは丸事件」については二次文献でしか知らないのだが、現状の理解のままで良いなら、やっぱりひどいヤツだと思う。
 ひどいと思う理由第一。国内法の無視。
 船同士の衝突事故は昔からあったのは想像に難くない。よって汽船になったからと言って特殊な事例とするのは早計である。確かに賠償額が凄いことになるだろうが。
 ひどいのはそこではなく、国内法と司法を無視したことだ。双方の言い分が揃った上で幕府に草履を預けるのは当たり前ではないか。もし当事者間で解決したらそれこそ「私法」である。
 だのに、万国公法を持ちだすのは論理が破綻している。国際法で裁くと言うならば土佐と幕府はそれぞれ違う主権を持つ国家と言うことになる。薩摩が万博に単独参加したのと同じで、明らかに違法だろう。
 ひどいと思う理由第二。結局イギリスに頼っていること。
 こう言う場合は利害関係に無い第三国に裁定を依頼するのが近代外交の基本である。少なくとも中国の利権をめぐる外国間交渉なんかではそうである。実はそこにちょこまかと出て来るのがベルギーで、ベルギーの存在って近代アジア外交史上とても大きいのでは、と思われるのだが、ここでは割愛。
 作中の竜馬の論法を借りるなら、イギリスに裁定を依頼するのは、紀州が幕府に依頼するのと何が違うのか。むしろ国内法に則り司法機関である幕府に依頼するだけ紀州に正当性があると思う。
 ひどいと思う理由第三。賠償金がめ過ぎ。
 将来性のあるものが毀損されると未来の収入の見込分まで賠償に含まれるのは現代の人間が対象のケースでも同じだが、約倍額はがめ過ぎだろう。船は使えば目減りするんだから。
 理由の第一、二は、紀州側に非が有ったことが真実だとすれば、結果論的には問題無い。しかし理由の第三は笑って済まされないと思うが、どうか。
 しかもそれを竜馬のアイデアではなく岩崎のアイデアと言うことにして、作中の竜馬をなるべく清廉な人物に見せようとしているところが腹が立つ。
 とは言え、今回はとても面白かった。
 序盤で、紀州のバックには公権力が控えているから泣き寝入りするしかない、と言う考え方は極めて前近代的で、リアルとも言える。今のお隣の自称「先進国」も同じですな。これに対して、どんなに偉かろうとも司法の前には平等に裁かれるのが法治国家であり、立憲制が確立されている証左であり、即ち近代国家である。
 竜馬達が幕府による裁定を嫌ったのも、つまるところそこに由来する。公権力の力によって真実が捻じ曲げられ正しい裁判を受けられないのではないかと言う不安。言いかえれば、公権力が司法よりも上位にあることへの不安である。
 この不安は正しい。立憲制が確立していない以上、公権力は恣意的にルールを変えることが出来るのである。だから国内の交通事故に国際法を持ち出した。藩を半独立国と見て、百歩譲ってここまでは情状酌量の余地があるとしよう。でも、イギリスに裁定を頼むのはやっぱりおかしいし、ずるい。
 そんなわけで、今回は前近代国家における裁判の不公平性と、そこに目を着けてがっぽり儲けようとした竜馬の抜け目無さを見る大変興味深い回であった。
「プロデューサー、よさこい、よさこい!!」
 あれは楽しそうでありながら薄汚い良いシーンだったよなあ。

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genre : アニメ・コミック

2010-10-17

並べ終わりました。

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 なんとか絵を並べ終わりました。
 しかしここから、誰が気付いてくれるのか解らんぐらいの微調整をしゃかしゃかやる訳ですよ。
 ちなみに、これまた毎度のことながら、何度も繰り返し見たことで面白いのかどうか解らなくなる状況は既に発生しています。

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2010-10-16

いつも通りの制作最終盤ダウナーか。

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 毎度のことながら、制作の最後の方は楽しいけれどもなんだか気分がへこんできますな。
 もうじきこの作品が完成する、と言うことはわしの手を離れる。そして公開するならば赤の他人の目に触れ、何かを思わせる。屁じゃないが出しちまったらいやでも周囲に反応される。
 嬉しくて寂しくて不安ですな。
 それはともかく、雪歩は武装するなら殴打系だと思うが、如何か。
 メイスとかクラブとか、そう言うの。東洋だったら金棒とか。ただ、東洋の場合はあんまり前線に立つイメージが湧かないのは何故だろう。西洋だと泣きながらフルプレートでどんどん突っ込んでいく可愛くて勇ましい姿が目に浮かぶ。何故。
 んで、刃物を使うのは怖いから代わりに鉄の塊で殴る。そして甲冑ごと相手の骨をぐしゃぐしゃに砕く。
 捕虜の口をこじ開けて、歯が健康だったり金・銀歯持ちだったら、切り株に首を据え置いて上からボコッ。
「ああっ、ダメだよ雪歩、そいつは下士官だけど身代金が出るんだ!!」
「ふええっ!?ど、どうしよう真ちゃん~、こんなダメダメな私なんか、パイク握って屈んでますぅ~っ!!」
 ああ、パイクも似合うな。
 

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2010-10-15

疲れると気付けば帯刀(アイドルが)。

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 疲れた状態で「アイマス」の落描きをすると、かなりの確率で帯刀する謎。いや謎でもないか、ただの性癖の可能性有り。

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2010-10-12

美味しい酒を求む。

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 いきなりですが、前回の画像の名前に「jpg」と付けていました。拡張子と併せると「jpg.jpg」となったわけです。だからどうした、って感じですが、いや、わし疲れていたのかなあ、と。
 とりあえず、美味しくお酒を頂きたいです。
 あと、以前も書いた気がしますが、「アイマス」キャラと酒の相性って抜群だと思います。

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2010-10-12

やっていると、なんとなく思うこと。

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 制作も追い込みに入ると、何故「ニ○マス」をするのか、「ニ○マス」のいまをどう思うか、他のP諸兄姉はどんなことを考えながら「ニ○マス」しているのか、等々くだらぬことを真剣に考えてしまうのはわしだけでしょうか。
 好きでない人にしてみればただの趣味に過ぎないんだけど、やり始めると洒落なのに洒落で済まないぐらい愛している自分に気付き、愕然とします。それはやっぱり、「洒落なんだからよ、俺に出来るのはこのぐれえのもんだぜ」と言いながらも物凄い努力を費やしている粋なあにさん、あねさんがいらっしゃるからでしょう。
 マジだとしてもマジになっていると思われるのが恥ずかしい。「ニ○マス」にはやせがまんの美学が貫かれているような気がします。もちろん、これはあくまでわしが個人的に鳥瞰して思うことです。
 とは言え、傑作を見た時にブログ等で制作秘話的なことを知ると物凄く楽しいですよね。
 そんなわけで、「ニ○ニコ」には是非、ブログのサービスも開始して欲しいなと思う次第である。お知り合いのP各位なら簡単にブログを拝読出来るんだけど、そうでない方のは見つけ難かったりするのでw

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2010-10-11

作画終了だ。

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 作画・・・・・・やっと終わった。
 今回は新年度開始以来の多忙さが関係したのか、そけともカットが多いためか、やたらと時間がかかった。
 何はともあれ、終わった。
 んで。
 以降、日曜日なので『龍馬伝』感想をば。
 今回は一点だけ。岩崎が海援隊の会計に就くことの意味について。
 色々なアニメや漫画、小説、ドラマ、下手したらノンフィクションでも、会計と言うポジションは地味な扱いを受けることが多い。
 大体は眼鏡で神経質な男が、主人公達の破天荒な振る舞いに「予算のことも考えて下さい」とプリプリ怒るイメージである。『龍馬伝』でもそうでしたな。
 このように会計が三枚目でいられるのは、会計が同じ機関に所属している場合に限ると思う。
 会計が「外様」である場合、会計と機関の間に緊張が生じる。
 何故なら、機関とは別の価値観に基づいた出納監査を受けることになるからである。機関にとってプラスのものであっても、会計にとって不利である場合、予算を出した貰えなくなるのである。
 例えば、ここにとあるアニメーション自主制作サークルがあるとする。
 サークルに新人が入ったのでコンパを開こうと言うことになった。しかしサークル費の出納は学生自治会が管理しており、コンパはしてもしなくても良いものだからカネは出さない、と判断する可能性が有る。
 つまるところ、機関と会計の価値観が一致していないことが問題となるのだ。
 そしてどちらが強い力を持つかと言うと、得てして会計なのである。だって予算が無かったら何も出来ないから。機関のトップが会計を解任することも可能だが、だったら最初から「外様」に会計を任せることはしない。会計が「外様」である場合、その多くは、已むなく「外様」でなければいけない理由によるものである。例えば資金が無いから借りていて、借入金が正しく運用されているか監査するために貸し手が会計を派遣する、等である。
 ここで話を『龍馬伝』に戻す。
 会計が土佐藩の指揮下にある岩崎であることは、即ち、海援隊は土佐藩のためになることをする時にだけ予算が出ることを意味する。前回の放送で、海援隊は土佐藩とは同等の立場と言っていたが、そんなことはないのである。資金も資材も無いのにそんなこと出来る筈が無いのである。
 海援隊は、日本のためにはなるけれども土佐のためにならないことは出来ない。だとすると、結局のところ竜馬の本心はどこに在ったのだろうか。
 繰り返しとなるが、やはり竜馬は実業家になりたかっただけ、もっと乱暴に言えば金が欲しかっただけだと思う。別にそれはそれで悪いことではない。朱子学じゃあるめえし銭儲けが卑しいなんて考え方はクソ食らえだ。
 閑話休題。
 竜馬が銭儲けを望んでいたことは、次回の放送でより明らかになる筈である。
 また、わしが竜馬が好きなのは、彼が同時代の武士階級には希な、剛胆で無作法ながらも銭の出所を的確に掴もうとし、そのためならばどんなウルトラCにも挑む貪欲さを見せてくれるからであり、次回はここがクローズアップされるものと信じる。
 早い話が、第四部、面白いです。
「あの・・・・・・プロデューサー、あのイケメンについては触れないんですか?」
 まこまこりんよりイケメンな者等この世に・・・・・・あの、そのフレイルしまって下さ(以下略)。

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genre : アニメ・コミック

2010-10-10

いよいよ作画はラストスパートです。

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 制作中の「MAD」ですが、ようやく完成しそうな気がして来ました。
 んで。
 こないだテレビで、ある地方の名物調理パンに味噌パンとか言うものが有ることを知った。
 名前の通り味噌を塗ったパンである。あまじょっぱい味噌だとか聞いたので、恐らく愛知のものではなかろうか。御存知の方いらっしゃいましたら御教示下さいませ。
 で、話は変わらないようで変わるのだが、「みそパン」とはう○こをもらした時のパンツのことを指していた記憶が有るのだが、どうか。
 以前の信長の攻め・受けの話と言い、どうしてこうわしは愛知の方を敵に回そうとするのか。ちなみに、管見の及ぶ限り愛知の方はみな親切で心優しい方ばかりなのじゃよ。信長も好きです。
 とにかく、わしにとって「みそパン」とはう○こが付着したパンツのことである。幼少期に覚えた言葉である。
 典型的な「みそパン」は、真っ白なブリーフにう○こが付着したものだろう。
 で。
 番組内で紹介されていた味噌パンだが、パン生地が白いから物凄くそっくりなのね。
 見ていて思わず、こいつ「みそパン」しゃぶってやがら!!、と爆笑。失礼極まりない。一応弁解しておくと、味噌パンと「みそパン」は別物であり、味噌パンを食すことが不潔である等とは決して考えていない。それをふまえた上で味噌パンと「みそパン」を脳内で一致させて笑っていたのである。やっぱり失礼極まりないですな。
 何はともあれ、一度食べてみたいパンではある。

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2010-10-08

シャーペンの芯を逆から入れるのって性的じゃね?

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 なんかこう、道理に合わぬ方法で突っ込んで、そのまま使うところとか。
 そうでもないか。
 ちょっと尿○プレイくさいけどそっちの辺はボールなのでポジティブな想像力がイマイチ働かない。

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2010-10-07

前回書きたかったこと。

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 今回の「MAD」だが気付いたらもう500枚くらい描いてた。自主制作サークル在籍時代より遥かに描いている。なにこれこわい。


 んで。
 前回は蜂に刺されたために書けなかった話題について触れたい。
 『朝○新聞』にて、精神鑑定家の大学教授が、坂本竜馬熱について論じていた。
 氏の論点は大別して二つである。一つは、竜馬を盲目的に愛するものは、中年期が存在しない永遠の青春像へのあこがれであり、精神的に未熟である、というものだ。もう一つは、そうした竜馬に対するステレオタイプなイメージは司馬等により人為的にねつ造されたものであり、「大河」の竜馬像もこれと同じでリアルなものではない、と言いうものだ。
 前者の論については、わしは完全に門外漢なのでノータッチとするのじゃよ。
 一方後者の論については大変興味深い。
 氏は、仲間と歴史家に聞いても、「大河」のように竜馬が列強の経済侵略に危機感を抱いていたことを実証する史料は無く、竜馬はあくまでイギリス系資本の買弁であり、また幕府が在る限り日本は侵略されてしまう、と言う議論は完全に史実に反している、とする。
 ブラーボー!!
 全く同意。全く同意。
 日本人の竜馬愛のほとんどは、坂本竜馬そのものに対する愛ではなく、司馬をはじめ数多の人の手によって創出された青春像としての竜馬に過ぎない。
 これに対して、氏は続けて、フィクションであっても史実を完全に捻じ曲げてはならない、とする。
 ここには半分賛成半分反対。
 確かに「大河」は社会的な影響力も大きいし、「時代劇」ではなく「大河」と銘打つ限り、過度の史実の歪曲は非難されてしかるべきである。
 でも、あくまでフィクションだし、史実を捻じ曲げたフィクションが文学的・芸術的に優れていることは多々あり得るよね。
 今回の『龍馬伝』に限って言うと、「ナショナリズムがポジティブに作用することで初めて中央集権国民国家が建設され得るのであり、それが統治システムの近代化である」とする作品のテーマは社会科学的に通説になりつつあるものであって、実証的である。しかし、主役である竜馬がこのテーマとは真逆のフリーライダーでしかなかったことが、『龍馬伝』の第三部に代表される竜馬像の史実からの乖離やテーマのブレを生んでいたのだろう。
 ただ、作品として面白いのであれば、テーマがブレるのは流石に勘弁ならないが、テーマを理解した先進派知識人として竜馬を描くことはフィクションの範疇として許されるんじゃなかろうか。
 問題は、視聴者がそれをフィクションとして認識することだと思う。要はあれを見て史実だと誤認するのが一番怖いのであり、あくまでフィクションに過ぎないことを自覚すれば良いだけの話なのである。
 こうしたフィクションに対するメディアリテラシーの重要性は、別に「大河」に限った事ではあるまい。幼児用オムツのCMを見て自分の子供の尿が青くないことに驚く、なんて話もあるぐらいですからのう。
 そんなわけで、今後は「大河」も「時代劇」も、全部放送開始直前に「これはフィクションであり、放送内容に基づいて歴史認識を形成しないでください」と断りを入れればええんじゃなかろうか、と思う次第である。
 てか、教科書の実証的記述が小説や漫画、ゲームよりも楽しくないこと、そのように感じてしまう価値観を植え付けていること、即ち日本の歴史教育そのものが問題だと思うのだが、余り深く考えないことにしよう。

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2010-10-05

蜂こわい。

03_ラストサビ89


 今日の『朝○新聞』に、精神鑑定家の大学教授が坂本竜馬熱について語る記事が掲載されていた。
 んで。
 今宵はこの記事について「ブラーボー!!」と賛辞を贈る予定だったのだが、急遽変更し、蜂の話をする。
 本日、自宅を出てすぐに、自転車上で蜂に刺された。
 最初、左肩に木のトゲが刺さったような痛みを覚えた。
 何じゃこら、と思いパンパンと叩いたら、「ぶぶぶぶぶ」っと羽音が。
 顔面蒼白。
 服を脱ぎたかったが、やんぬるかな住宅街。パトカーを呼ばれかねない。
 幸い自宅を出てから5分ほどのところだったので、シャツの第二ボタンまで開けて、自宅に向けて猛ダッシュ。
 飛び込んでシャツを脱いだら全長2cmくらいのヤツが出て来た。無論、即退治。
 刺された場所は目視出来る限り三か所。左肩に二つ、右肩に一つ。
 大急ぎで病院に行く。
 幸い針は残っておらず、塗り薬と飲み薬を出されて済んだ。その後現在に至るまで特に異常無し。
 三か所も刺されて平気だった理由について、薬剤師から面白い話を聞いた。
 今日、わしは寝起きからアレルギー性のものと思われる鼻炎がひどく、アレルギーの薬を服用していた。
 これが蜂の毒を抑えたとのことである。
 ついているような、ついていないような、微妙な心持であった。
 蜂に刺されたのは幼児のころ以来である。あの時は無茶苦茶痛かったが、今回はそうでもなかった。痛かったのは刺されてから数十秒の間だけであった。強くなったな、わし。
「住宅街で半裸にならなかったのは正解ですね。プロデューサーの裸を知っているのは僕だけでいいし!」
 まこまこりん・・・・・・!!

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2010-10-05

これは『ダブルクロス』最大の特徴ではなかろうか。

03_ラストサビ86


 先ずはいつぞやの誤報の訂正から。
 日本語吹き替えでの再放送が始まった『蒼穹の昴』ですが、9時ではなく11時でした。失礼しました。
 ちなみに日曜日、NHKです。まだ第三回なので余裕で追い付けます。
 久しぶりに見たら、最終回のひどさのためかもっとつまらなかったような気がして、そこそこ楽しめました。
 余裕が有れば、登場人物の内に史実の者について簡単な紹介とかやってみたいなあ、と思いました。感想や史実厨的ツッコミは以前にリアルタイムでやってしまったので。


 んで、本題。
 リプレイを買い漁り、益々わしの中で『ダブルクロス』熱、高まる。
 そして気付く。
 これ、下手するとメンバーの出欠状況を事前に確認しないとシナリオを組めない。
 『ダブルクロス』は他のTRPGと違って、ある程度シナリオが固定されている。各キャラクターはGMが用意したレールに沿う限りにおいて自由にプレイする。
 シナリオには最終ボスが登場する。『ダブルクロス』は人間関係をシステムに組み込んだゲームなので、最終ボスは大体特定のPCと深い関係を持つことになる。
 つまり、セッションごとに最終ボスと因縁を持つ主役となるべきPCが決まっているようなものなのである。
 もちろん、そのような展開にならぬようシナリオを組むことは可能だろう。しかし諸リプレイを見る限りだと、セッションごとに主役が登場している。リプレイの存在意義にプレイスタイルの提案が含まれている以上、そう言うものなのだろう。
 と言うことは、GMがシナリオを組む際に、PCの内誰が出席するのかを確認しておく必要がある。
 これ、他のTRPGとは決定的に違う特徴だと思うが、どうだろう。
 更に言うと、ドタキャンが致命傷になりうるゲームである。
 メンバーのスケジュリングがセッションの成否を決めると言っても過言ではない。会場の手配やメンバーの確認をした者に対して特別に経験点が与えられるのもむべなるかな、である。
 こうしてみると、『ダブルクロス』は欠陥品のようである。
 しかしそれは大きな間違いである。シナリオごとに主役を必要とすると言うことは、普段口数が少なかったり、活躍の機会に恵まれなかったりするPCにも平等に大きな出番を与えることが可能なのだ。
 これってものすげえ優しいシステムだと思うが、さて、諸兄姉のご判断や如何に。

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2010-10-03

ただの政権交代では済まされないのが近代化と言うことか。

03_ラストサビ82


 相変わらず徳川幕府に対してこれでもかとばかりに悪役演出を施しているため心理的には物凄く「てやんでぇ、山の手の官僚の悪口さえ言ってりゃ気が済むってのかバッカ野郎、じゃあようてめぇらでやってみろってんだ!」とイライラするのだがやっぱり面白くてわくわくしてしまう『龍馬伝』の感想です。
 大政奉還の位置付けが、単なる幕府に対する政治的「いやがらせ」ではなく統治システムの解体として描かれているため、第二部のテーマとシンクロしており、第四部は大変見易いですな。
 つまるところ第三部の出来が如何にひどかったがと言う話なのだが、割愛。
 さて。
 今回は一点だけ。政権交代と近代化の関係について。
 政権交代は歴史の常である。古今東西どこにでもよくある話だ。
 政権交代が起きると、従来の政権は崩壊し、新政権が樹立される。
 この時、基本的には新政権の根拠地となった地方の出身者が強い政治力を持つことになる。これまた当然ですな。江戸の狸が勝ったから近畿から関東に政治の中心が移ったのである。
 今回、大政奉還への合意に際して、後藤は土佐が新しい日本の政治の中心に土佐が加わることを条件とした。
 従来の政権交代であれば当然の権利である。
 しかし、近代化するためにはそれではいけないのだ。
 何度も繰り返し述べているので、毎度ご覧頂いている諸兄姉にはもううんざりだと思うが、中央集権国民国家の主権者はあくまで中央政府であり、地方政府であってはならないからである。政治力が地方に偏重してはいかんのである。だから特定の都道府県の知事が他の知事よりも強い権力を持とうとすることは近代国家にとって言語道断の振舞なのだが、それはさておき。
 大政奉還によって幕藩体制を解体し、中央集権国民国家を建設するならば、薩長が幕府に取って代わるだの、土佐が要となるだの、本来ならば言ってはならんのである。
 しかし実際には、そのようになってしまう。藩閥政治と佐幕派諸藩に対する差別ですな。
 その後どうにか中央集権国民国家化に成功するのは本当に奇跡的なのだが、そこに至るまでの状況を見ていると、はっきり言って、当時の薩長土肥のリーダー達が中央集権国民国家化の必要性、即ち統治システムの近代化の必要を理解していたとは考え難い。むしろ「うちの藩が実質的な次の征夷大将軍になれば良し!!」ぐらいの認識だったんじゃなかろうか。で、西南戦争が終わって一段落してようやく「あ、やべ!」ってところじゃなかろうか。
 このように考えるため、今回の『龍馬伝』における後藤の行動はリアルであると思った。
 次回、いよいよ海援隊へ。しばしば「日本最初の近代的商社」みたいな評価がされているが、その内実やいかに。そも近代的な商法も出来ていないのに「近代的商社」が成り立つのか。
 あああっ、面白くなってきた。
「プロデューサーは、やっぱりお金の話が好きなんですか?」
 まこまこりんの話をするのもとても好きだよ!!

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2010-10-03

とびとびになってしまったが『ダブルクロス』のリプレイを二冊購入。

03_ラストサビ75


 基本的にTRPGのリプレイはよほどのお気に入り(具体的には『迷宮キングダム』レベル)でなければ古本屋で買うわしなのじゃよ。一説には発行部数が少ないから新刊でゲットするしかないとも聞くがそれはさておき。
 目下、3シリーズをとびとびで買っている。
 で、その3シリーズを比較してみたところ、一番古いシリーズだけが浮いている。平たく言うと90年代の「ソードワールド」っつったらラクシアではなくフォーセリアだったころのノリ。
 何が違うかと言うと、これはどっちが優れているとかどっちが面白いとかではなく、リプレイの書き方だと思う。
 具体的には、現実のプレイ会話の中にロールプレイを入れるか、ロールプレイを主としてリアル会話を添え物にするか、の違い。
 90年代のリプレイって、特に『ソードワールド』関連がそうなんたけど、各PCの台詞は口調こそロールプレイだけどPL同士の会話でしかないのよ。
 我ながら解り辛い話をしていると思うので、例を示してみたいと思う。
 わしが、あるエセ外人キャラでプレイしていて、わりとシリアスで長めなシナリオでラスボスに立ち向かう瞬間だとする。
 90年代だと、「オーウ、プレイ時間5時間強ノセッションモコレデクライマックスデース、ココデビシット決メマスヨ!!『ミンナノ思イヲ踏ミニジッタコト・・・・・・許セナイッ!!』」
 最近のリプレイだと、この内、ロールプレイに当たる二重鍵括弧内だけが表記されているような気がするのだ。
 シリアスなシーンなのだから、そうした方がドラマチックだし、フィクション作品としての完成度は高くなる。しかしリプレイに対してフィクション性よりも実際のプレイ状況そのものを楽しみたい場合には、ロールプレイ以外の部分が入っている方がリアルである。
 繰り返すが、どちらが良いと言う話ではない。
 ただ、90年代のノリに慣れてしまっている身としては、『ダブルクロス』の比較的新しいリプレイを読んでいると「本当にここまでシリアスにロールプレイしていたのか!?」と思ってしまう。もちろん、現実の会話を削ってリプレイに仕立てているのだろうけど、活字になっているのはロールプレイ部分だけなので、そう思ってしまう。
 そしてひねくれている人間なので、思わず「こんなプレイ状況ってすげえなあ!!」とつい笑ってしまうのだ。面目ねえ!!
 この笑いはリプレイだからこそのものである。もしリプレイでなければ、普通にシリアスなシーンとして認識するだけなのだ。シリアスなシーンを大人が真剣にキャラクターになりきって演じている様を想像してしまい、つい笑ってしまうのである。もちろん前述の通りリプレイ化にあたり会話は編集されているのだろうが、もし本当に、編集するまでもないほど真剣にロールプレイしていたのだとすれば、失礼極まりないですな。でもこの笑いも解るだろう!?・・・・・・あ、わしだけですか。そうですか・・・・・・。
 さて。
 とは言え、じゃあ90年代のリプレイがみんな現実の会話を主としており、最近のものはその逆か、と言うとそんなことはないだろう。90年代でも「クリスタニア」のリプレイなんかは最近のノリに近かったし。
 ただ、『ダブルクロス』のリプレイについては如実にその差異が出ている気がするのだ。
 その理由は、『ダブルクロス』の世界観が良く言えばファッショナブル、悪く言えば中二病臭いからだろう。キャラの個性よりもコマとしての有用性が重視されていた『ソードワールド』の洗礼を受けた世代は、どうしてもTRPGに対して「なりきるのは恥ずかしいから、なりきることをネタにして楽しもう」とする。だから『ダブルクロス』の世界観を素直に受け止めてキャラクターを演じることが難しいのだろう。
 合掌。

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2010-10-02

修羅場トリオについて

03_ラストサビ68


 ゆきまこちゅっちゅ!らぶらぶちゅっちゅ!!
 みきまこちゅっちゅ!らぶらぶちゅっちゅ!!
 おおおおおおおおおおおおおお。


 ハイボールを一杯片づけ、たったいま新たにロックをこさえてきたところです。
 酒は好きだけど弱いわしにとってこれはかなりの量でして、ぶっちゃけなんだか椅子が揺れている気がします。
 修羅場トリオについて語るには良い感じ。
 酩酊しているのでいつもより更に読み難いことになるしだろう、ところどころ私論にも関わらが断定してしまうかと思いますが御寛恕あれかし。
 さて。
 修羅場トリオの美しさは、何と言っても不安定性にある。
 不安定性の美はただの三角関係にも見られる。だからこそ少女漫画でもしばしば用いられるシチュエーションなのだ。
 しかし修羅場トリオの場合、これがレズであり、且つ三者の個性が独自の香ばしさを生んでいると思うのだ。
 三者の個性について、先ずは真から見てゆく。
 真は無垢にして純潔である。中性的な容姿や振舞や、自己同一性に対する苦悩は、成人女性のものではない。
 しかるに、真が淫乱な二次創作はよほどのガチエロでない限り見当たらない。
 真は「こども」なのである。
 真カップリングの核は、真が「こども」である点に在る。「こども」である真は恋愛においてイニシアチブを握ることが出来ず、常に「受け」となる。「ゆきまこ」や「みきまこ」、「ちはまこ」に「あずまこ」に「春菊」と、いずれも真が「受け」である。
 真は恋愛において受け身であり、それはセッ○スにおいても受動者を意味する。平たく言うと「犯される」側。つまり、真は誰かに「犯される」まで純潔なのだ。だんだん酔いが回って来て解り難い話になっているなあ、と自覚するが続ける。
 次に雪歩について。
 雪歩も真と同様に、自我の完成を見ていない。しかし真と違い、女性であることには成功している。真が性別を意識しない「こども」であるならば、雪歩は「おんなのこ」と言える。
 かよわい「おんなのこ」は、恋愛において主導権を握ることが出来るだろうか。出来まい。よって雪歩とのカップリングは一方的な保護・被保護関係に陥り易い。これはエロマンガにはし易いが、ギャグのネタにはし難い。被保護者となった雪歩は盲目的に相手を愛するであろう。
 そんな自分が嫌いな雪歩に真は混乱を与える。真は、そうした雪歩が嫌いな雪歩性をうらやましがる。更に、雪歩にとって理想である真の個性を真は否定するのだ。
 ここにおいて雪歩は混乱する。自分が否定したい自己を肯定され、逆に自分がなりたいと思っている相手の個性を相手自身が否定する。
 目指すべき自分の理想像を失った雪歩は、盲目的に真を愛し、真を愛する自分を真に認めて貰えるよう努める。d自我の完成を見ていない彼女には、こうした狂気じみた行動をとることでしか自分の価値を確認出来ないのである。
 自我が未完成な二人が互いに相手に理想像を強要する関係、それが「ゆきまこ」である。
 これだけならよくある話なのだ。
 そこに美希加わることで、三者の関係に深みが出る。
 美希はゆとりと呼ばれ何事にも不真面目なダメ人間だが、ちゃんとした自我を有している。
 美希は自分に対して不満を持たない。自己同一性が安定している。怠惰ではあるが自我を完成させており、その意味において「おとな」なのだ。
 だからこそ、美希は「アイマス」のセッ○スシンボルたりうる。「おとな」である美希は恋愛や性に対しても貪欲である。真のように無知でなく、雪歩のように耽溺しない。主体性をもって恋愛に臨む。
 よって、美希は別に真を愛さなくても良いのである。それこそ「ハニー」を愛せば良い。
 それでも美希が真を愛するのは何故か。それは、「こども」である真を保護者目線で可愛がっているからに他ならない。
 美希は真のことを「真くん」と呼ぶ。真が中性的な自分を嫌っているのを知った上で「くん」付けをする。美希は真自身の幸せを願っているのではなく、自分にとって都合の良い真になることを望んでいるのだ。
 それと同時に、セッ○スシンボルたる美希は真に対して異性間恋愛を求めている。
 雪歩の真に対する愛は同性間恋愛である。真が男性化することを望んではいない。しかし美希の場合は、「くん」付けからも解るように真に男性的なポジションであることを求めている。
 雪歩の真に対する愛はプラトニックとしても成り立つが、美希の真に対する愛は、それが異性間恋愛的性格を帯びている以上、肉体関係を意識せざるをえない。
 つまり、修羅場トリオとは、同性間恋愛と異性間恋愛が複合した三角関係なのである。
 三者の関係において、一番リスクが少ないのは美希である。美希は、真や雪歩のように、自我の不十分さを補おうとしているのではない。しかし皮肉なことに、「みきまこ」が一番異性間恋愛のスタイルに近く、また肉欲的であり、現実的なのである。ここで言う現実的とはリアリティがあると言う意味ではなく、普遍的な恋愛のスタイル(異性間恋愛であり肉体関係を目的とするスタイル)に近いと言う意味である。
 ところで酔いが回って指先がほにゃほにゃしてきたが、続ける。
 美希による肉欲的なアプローチを前に、雪歩もまた真に対して同様のアプローチを計ろうとするだろう。しかし雪歩はあくまで同性間恋愛がしたいのであり、無理に異性間恋愛のマネをしようとすれば歪みが生じる。
 修羅場トリオのギャグ性はこの歪みにある。美希の肉欲的なアプローチに対してプラトニックを望む雪歩が葛藤し、本来のキャラではないような過激な行動に出るところに面白さがある。
 あー、酒が美味えー。
 んで。
 こうして修羅場トリオはギャグのネタとして成り立つ。
 しかも、三者の恋愛はなんだかんだ言っても最終的には生物学的に結実しないのである。この虚無性が、修羅場トリオの茶番劇っぷりを生んでいる。
 だが、こうした修羅場トリオの笑いは、雪歩の極めてシリアスな苦悩に基づいていることがおわかり頂けるだろうか。
 雪歩は美希と違い、単純にセッ○スがしたいから真を愛しているのではない。目指すべき自分の理想像が見えない状況下でもがいており、その解決の糸口を真に求めているのだ。しかも、その解決策が恋愛である限り、どれだけ努力しても生物学的に結実することは無いのだ。
 こうした雪歩の苦悩が理解出来ているからこそ、我々は修羅場トリオのギャグに対して無意識の内に同情と愛を抱かざるをえないのである。
 修羅場トリオは、素敵である。

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2010-10-01

トリオは扱い辛いのだろうか。

03_ラストサビ67


 おそらく「アイマス」ほど百合カップリングで盛り上がるジャンルは少ないと思う。
 もちろん百合カップリング絶対主義者ではないし、嫌いな方の気持ちも解らなくもない。
 その上でわし自身が好きかどうかと問われたらぶっちゃけ好きですわな。
 んで。
 一応「ゆきまこ」と「みきまこ」はそれなりにメジャーなカップリングである。
 ところが「修羅場トリオ」となると急にマイナーな感じがしねえ?
 てか、トリオと言うカップリング(なんか言葉が矛盾しているな)自体が、ネタとしては良く見るのに二次創作で表現される機会が他のデュオカップリング(なんか「馬に乗馬」みたいな言い回しだが気にしないことにする)と比べて少ない気がする。
 なんでじゃろうのう。やはり昼ドラ的展開は見ていてへこむからかのう。わしもあの手合は嫌いである。
 しかし「アイマス」における「修羅場トリオ」は、それとはまたちょっと違う気がする。
 何が違うかと言うと、そもそも女性同士である矛盾にこそ、無垢な純潔と、狂気による混乱、そして決して生物学的に結実しない肉欲の切なさがあり、それらを真、雪歩、美希がそれぞれ表現出来ており、三者が混ざり合ったところに「当の本人達は真剣なのに傍から見ているとギャグにしか見えない恋」と言う笑えるんだけど無意識の内に彼女達に同情と愛を抱かざるをえない不思議な状況が生じている点であると考える。
 なんだか止まらなくなって来たので、次回、アルコールを注入して続けます。

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