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2013-01-06

どうしても「ならぬもの」とは何か。

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 余りにも主人公が地味かと思わせておいて「会津史」とすることで一気に衆目をひいたような気がする『八重の桜』、ついに始まりましたな。
 拙ブログではお決まりのネタになりつつある気がする「大河」感想、今年もやっていきたいと思います。
 個人的に期待をこめて褒めたいのですが、楽しみはあとにとっておくということで、先に不安な点から。
 全体に漂う偏った愛国感(作中では会津を「国」としているから郷土愛感と言うべきか)と妙な軍事主義的な雰囲気がちょっと気持ち悪い。
 会津の話なのでそうなるのは仕方ない気もするが、国防に必要な要素に外交を挙げず軍備の拡張や軍制改革だけを話題にするのは如何なものか。ことによっては何がしかの意図を感じる。
 主人公の実家の関係から軍事に重きを置かねばなないりは解るが、やはり、正直言ってやり過ぎな感じがして気持ち悪い。
 あと、作品のメインテーマとなる気がする「ならぬことはならぬもの」の多用にも不安が残る。
 この言葉、「ならぬこと」がどうして「ならぬ」のか考えないことを認めるようにも聞こえるのではなかろうか。思考停止的と言うか。もちろん、そんな薄っぺらい言葉ではないとは思うが。
 んで、この「ならぬことはならぬもの」から、今度は本作への期待について述べたい。
 恐らく、作中の人物はみな、それぞれにこの「ならぬこと」が異なる。それは開国、攘夷、佐幕、勤皇、公武合体と幕末期に生まれた様々な論理として顕現することだろう。
 さて、主人公である新島八重は、その政治的な志向は置いておくとしても、女だてらに籠城したり、西洋風の婦人を気取ったりと、言うなれば当時の社会的タブーを破り続けた人物であった。
 そんな彼女にとって、社会的タブーよりも重いものとは何か。どんな理由があっても決して許せないもの、「ならぬこと」はなんなのか。
 筆者はここに、日本が近代化するにあたって、どのようなリスクを背負おうとも絶対に譲れなかったものの一つを見てとることが出来るのではないか、と期待している。
 かつての傑作『龍馬伝』が近代化の「リアリスティック」な社会科学的な意義について論じたとすれば、『八重の桜』は「ロマンチック」な人文科学的な意義について論じるのではないか。
 そんな風に思うのである。
 もし中っていたとしたら、多分、それは「大河」初の試みであろう。それだけで傑作となる素質があるとは考えられないだろうか。
 あと、なんだかんだで八重ははるるんだな、と思った。
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genre : アニメ・コミック

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