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2010-01-17

しんちょうさいこう。

前奏70


 毎週土曜日は清朝の日。そんなわけない。
 何が言いたいかと言うと『蒼穹の昴』である。
 あああ、やっぱり清朝は、ええわ。
 ドラマの出来は正直75点くらいだけど、清朝だから、120点。
 あれですよ、激烈つまらない玩具販促アニメでもかわいいキャラを視姦するのが目的だから超面白カッコいいとかそんな感じです。「ビーダマン」しかり。
 それはともかく。
 やっぱり清朝はええわ。
 あー、清朝復興しねえかなあ。どこぞの歪んだアカの前近代軍事国家をぶっ倒して復興しねえかなあ。
 そして日本を直轄化し、わしを巡撫に任命してくれればもう絶頂モノ。
 民族主義者の自暴自棄のせいでおじゃんになった近代化改革を成し遂げ、アジアに今一度、本当の平和を取り戻すのだ。
 それはさておき。
 今週も『蒼穹の昴』が放送された。
 今回は春雲の修行がメインであったが、史実厨としては状元について語りたいところである。
 需要の有無等気にしない。
 状元とは、簡単に言うと、科挙試験の最優秀合格者のことである。
 これになるのは実力だけでなく運も必要である。
 例えば、名前の音が不吉だったりすると、本当なら状元の成績なのに順位を繰り下げられたりする。
 これがどういうことか。単に迷信深いのか。否なのじゃよ。
 状元が決定されるのは、科挙の最終試験である殿試においてである。ちなみにこれは皇帝隣席の下行われる。
 ただし、これで落第するヤツはそんなにおらず、言わば卒論の面接試験みたいなもんなのじゃよ。その前の試験である会試と比べると遥かに重要性が低い。
 よって、会試で合格した時点で現代日本で言えば国家公務員一種試験に一ケタ台で合格したようなものである。
 彼らが国政を担うのだ。
 では、状元になっても何も良いことはないのか。
 結論から言うと一長一短である。
 状元ら上位三名くらいまでの合格者は、その後は翰林院というところに配属されることがほとんどである。
 ここは歴代皇帝の事業を整理したり学術を深めたりするところで、はっきり言って実務からは程遠い。
 中国と言う国は学問を重んじるのである。それをどこぞの赤色ゲリラどもが革命だの言ってぐちゃぐちゃにしくさって。
 それはともかく。
 翰林院に配属されると実務から離れる。よって歴史に名を残すのは難しくなる。個人の好みもあるだろうが、官僚になったのに国政を左右出来ないことにもどかしさを感じることもあっただろう。
 よって、会試合格者のその後のキャリアや活躍を見ると、実は状元よりも下位の者の方が歴史書に派手に登場していることが多いのである。
 とは言え、科挙合格者とは須らく儒学者にして政経学者なので(よく科挙がただ詩文の才能を試すだけのものだとする輩がおるが、それは出題内容とその意図を正確に把握出来ていないアホである。具体的に書きだすと長くなるので別の機会に。)、一生実務から離れて本の海を泳ぐ一生を保障されるのは嬉しいことだったかも知れない。
 と、言う訳で。
 状元になるのは確かに凄まじいことだが、重要なのはむしろ会試に合格することなのだ、と言うのが今回言いたかったことでした。
 おお、酒が美味いよ、まこまこりん。
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