FC2ブログ
2010-01-24

ドヨオービハシンマーツノヒー!

01_こらそこ46


 タイトル部分は「ドヨオービハテマーキノヒー!」のノリです。
 御存じありませんかな。太古昔にやっていたCMで・・・・・・いや、色々とバレそうだから黙っておこう。
 そんな感じで、『蒼穹の昴』が放送されて以来、わしにとって土曜日の夜は一杯やりながら清末のドラマに浸ると言う極上の夜となっているのである。
 毎度のことながら需要は気にせず、史実厨的に語りたいことをひたすら語る。
 今回は清朝の皇后選抜制度について語りたい。
 清朝では、皇后はじめ皇帝の公式の妻に類する者となる女性は、八旗と言う特定の集団の子女から選抜された。
 八旗については、これを語るだけで国内外を問わず専著が何冊もあるようなでかいテーマなので、詳しくは述べないことにする。
 至極乱暴かつ簡単に喩えるならば、徳川幕府の旗本みたいなものだ。政権が確立した当初から権力者直属の軍隊として機能していた社会集団である。
 ただ、旗本と違って八旗の中には基本的に満洲での農業生産に従事しなければいけない(最低限の食料自給率確保のためとされる)等、職業の選択の自由が認められていなかったりするのだが。
 それはともかく。
 清朝は過去の歴代王朝と異なり、皇后ら公式の妻(以降面倒なので、皇后等、と略記する。)を公募制にしなかった。
 歴代王朝では、皇后等の選抜が始まるとなると全国に「我こそはと思わん美女、才女は地方官に申し出よ」等の通達が出て、そこから容姿、教養、家柄等で後宮に入ることが出来るか否かが試験され、続いて後宮内で更に選抜されてゆく。
 清朝では、こうした公募制を採らず、最初から特定の社会集団からのみ皇后等を選び出した。
 その最大の理由は、外戚、すなわち皇后等の親戚の台頭を防ぐためである。
 公募制と違い自分の直属の軍隊中から選出するので、外戚をコントロールし易いのである。これが全く皇帝の直轄下にない地方の有力者の娘なんかだと、これに比べて遥かに扱い難いのじゃよ。
 そんなわけで、清朝は中国の歴代王朝の中でも唯一と言っても良いほど、皇帝実母と外戚のコントロールに成功していたのである。なのにどうして西太后が歴史の表舞台に登場したのかと言うとダンナの咸豊帝のせいなのだが、とりあえずここでは割愛。
 一方でこの制度にはデメリットもあった。
 何かと言うと歴代の皇后が他の王朝のそれと比べて美しくないことである。母集団が狭いのだから仕方のないことだ。
 ドラマに出て来る光緒帝も正妻は美人とは言い難いものであった。ただし、彼は珍妃と言う美女を公式妻の一人に迎えることが出来るという幸運に恵まれるのだが、これがやがては・・・・・・いや、言うまい。
 ドラマと言えば、今回は西太后が光緒帝の皇后選びの最終選抜権を侵害する様子が描かれていたが、あれは史実のようである。
 てなわけで、もしわしが清朝の皇帝だったらまこまこりんを公式妻にすることは叶わなかったかも知れんのじゃよ。
「そしたらプロデューサー、僕が科挙に通ってお傍に行きますよ」
 まこまこりん!!
 ちなみに女性の科挙も名誉学位的なものではあったが実施された形跡があるのじゃが、それはまた別の話と言うことで。
 でもまこまこりんが受験するなら武科挙・・・・・・いやいやいや。
スポンサーサイト



theme : ヲタク人日記
genre : アニメ・コミック

comment

管理者にだけメッセージを送る

No title

姻族ってやつでしょうか。>>特定の集団とのみ痛恨
匈奴とか柔然もそうだったとか何とか。
真ちんが、あの重苦しいチーパオ着て薄化粧して畏まってる姿も見たい気もするのですが。
結構似合うやもしれませぬ。

少数民族王朝なんで、その通りかと。

 八旗には満洲八旗、蒙古八旗、そして漢軍八旗がありましたが、なるべく満洲族の血を、または蒙古族の血を入れたかったみたいです。ただしモンゴル的なオルド制や、親王家への分割相続はしなかったみたいで、やっぱり女真族は女真族なんだなあ、と思います。
 匈奴や柔然もそうだとは知りませなんで、お勉強になりましたのじゃよ!!
 まこちーのその格好を見るためだけに国籍を変えてもいいなあ、と思いましたが清末に制定された国籍法が確か血統で決定するタイプだったのを思い出しどうしようかと考えるわしだとか。
プロフィール

mino

Author:mino
 

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
最近のトラックバック
カウンター