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2010-01-31

世界で一番美しい試金石

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 今年の「月末ブービー日歴史のコーナー」のスタートは香港史でございます。
 香港を見ていると、何と言いますか、「みにくいアヒルの子」を思い出してしまいます。憎い外国に踏みにじられた筈の土地が自分達では御しきれないような一大経済基地になっている、と言った感じで。言い過ぎでしょうか。
 ますます自分が一番楽しいコーナーになっているようですが、このまま行きたく思います。


 2010年1月31日訂正:誤植がいくつかありますが、意味が変わってしまうようなものが一つ有ったので、そこだけ。2ページ目の最後らへんに「ゼロサムゲーム」とありますが、「プラスサムゲーム」の誤りなのですじゃよ。失礼しました。
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theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

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No title

…以前から疑問に思ってたのですが、貴兄も言及したような
「商人のモラルとかルールってナニ?食えるの?」
みたいな振舞いというのは、混乱期の一旗挙げてやるぜ的な山師商人が、
海外との通商では主流だったからなのでしょうか。
それとも、割と彼の国の商人というのは一般的にそうなのでしょうか。
資本を集中したうえで、同じ相手との継続的な取引が長く続くような産業(たとえば酒造とか)も
存在したわけですから、近代的な商道徳と、それを護るべきという姿勢が
無かったとも思えないのですが…。>>清
まあ、それはそれとして貴兄の雪歩は洟(はなみず)が似合いますな。
誉めてるように聞こえない不思議。

対外的には無かったみたいです。

 中国でも当然長期の信用を必要とする産業があり、ある程度商道徳がありましたが、同時期の他のアジア、特に日本と比べると遥かにそれを護ろうとする意識が弱かったそうです。
 たとえば株式制度ですが、中国では合股という形式が似たものとしてありましたが、清朝が最末期に商法体系を整えるまで有限責任制のものが生まれることはありませんでした。
 中国ではかなり早い段階(宋代)で商業化が達成されており、資本の蓄積がなくともある程度商品経済を成り立たせるだけの生産・供給・販売が可能となっていたため、長期の信頼に基づく大希望な産業の育成が必要無かったとされています。
 こうした非道徳的であってもなんとかなってしまう状況が、そのまま西欧の近代貿易と衝突した結果、多数齟齬が生じたと言うのが現在の清末社会経済史におけるホットな話題の一つであります。
 また、このような状況にノーを唱え、清朝の商法体系を利用して中国初の近代型工業を立ち上げた人物に張謇という地方有力者がおり、彼についての研究が特に今アツいみたいですのう。
 なお、対外貿易においては非道徳的姿勢が「まあどうせ蛮人との取引だから無効の迷惑なんか知ったこっちゃねえ」と言う意識が有ったことも、推測の範囲ですが有ったと考えます。
 どうも即興で文章を書くのに慣れておらず、冗長となってしまいました。お許し下さいませ。
 雪歩はいぢめられている姿もとても可愛いと思うのですじゃよ。
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