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2010-02-07

二週間ぶりだぜ、『蒼穹の昴』。

03_正しい06


 二週間ぶりに『蒼穹の昴』放送さる。
 ああー、いいのう、清末はいいのう。
「もう、プロデューサー、また言ってる。若年性健○症か酸○欠乏症みたいですよ?」
 いいものはいつでもどこでもいいんだよ。まこまこりんと同じで。
「ぷ、プロデューサーぁ・・・・・・」
 んで。
 今回は清末宮廷と京劇について徒然に書いてみたい。
 清朝皇族は芝居を好んだが、特に溺愛したのは咸豊帝である。
 文字通りの「溺愛」で、政務を忘れて没頭した。
 第二次アヘン戦争、別名アロー戦争では英仏軍が北京に肉薄し、咸豊帝は近臣と家族を連れて熱河に退避した。
 このことについて現在でも中国では批判が多いが、英仏軍の兵站線が北京までで限界だったことから戦略的には正しかったともされる。
 んで。
 他の外交官や皇族官僚が折衝に当たっているその最中、彼は現実逃避するように芝居にのめりこんだと伝わっている。前述の通り咸豊帝は人気が無いので、多少の誇張・歪曲が有るかも知れないが、とりあえずはそう言われている。
 この時、咸豊帝に代わり政務の最終処理を担ったのが西太后で、これ以降、彼女は外朝にも権力を及ぼすようになる。と言うか、そうでもしないと宮廷が機能せなんだのじゃよ。
 で、西太后はこの咸豊帝の妃の一人で、当然熱河でも芝居を見まくったのだろう。
 そのためか、西太后もこれにハマり、プロ裸足の芝居通となった。
 元々宮廷には宦官で編成された皇帝専用のお抱え劇団があったが、これを大いに活用するようになった。
 西太后の援助も有って、都で行われる劇(=京劇)は中国文化の一翼を担う重要な文化財となったのである。
 ちなみに、現在の日本でも梨園と言う言葉が使われるが、これは中国の宮廷劇団と関係した呼称だそうな。
 京劇は歌舞伎と同じで、わしのようなトーシロはあらかじめ演目のストーリーと構成を知らないとただの派手な立ち回りとしか楽しめないらしく、正直敷居が高いのですじゃよw
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genre : アニメ・コミック

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