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2010-02-14

今週は私的に見どころ満載。

04_クーデター01


 はいどうも、なんかオリンピックらしいですけどもちろん『蒼穹の昴』を見ていたわしです。
 今回は私的に見どころ満載でしたな!
 先ずは春雲が師匠に献上した銀について。
 あれは銀塊で、馬の蹄のような形をしていることから馬蹄銀と言う。
 中国では銀と銅が貨幣素材であったが、この内銀についてはいささか注意しないといけない。
 先ず、明の時に制定された一条鞭法と言う法律によって、納税の際には銅は不可、銀のみ可としたことである。
 これにより中国では銀の流通量が飛躍的に増大した。
 この銀需要を助けたのが、日本、特に石見銀と、メキシコ、特にポトシ銀である。
 と、ここまでは高校世界史Bでもやることですな。
 んで。
 ここからがポイント(何のだろう)。
 清末、下手すると民国初期まで、中国では銀は数量貨幣ではなく秤量貨幣なのだ。
 ブログなるものは不特定多数の方にに向けて書くものなので、この違いについてちょっと回り道になるがお話したい。御存じの方は飛ばして下され。
 今の日本では、100円玉は日本円にして100円の価値でありますな。決して100円玉に含有されている銀等の金属の価値では決まりませんな。と言うことは、今後100円の銀含有量が減ったりしても、基本的には100円としての価値が保たれますな。
 このように、貨幣の貴金属含有量に頼らず、その額面のみで価値が決まっているのが、数で数えられる貨幣、即ち数量貨幣。
 一方、逆に貨幣の貴金属含有量で価格が決まるのを、秤で量って価値を決める貨幣、秤量貨幣と言います。
 馬蹄銀はこの秤量貨幣なのじゃよ。
 馬蹄銀に限らず、例えば清末で500円分の銀貨で250円の買い物をすると、店側が巨大なハサミで半分に切ってお釣りとする。500円分の銀の塊を半分にしたから250円、と言う訳。
 さて。ここで『蒼穹の昴』に話は戻る。
 作中で覗き見していた宦官が、師匠が銀を数えるだろう、と言っていた。
 一見すると、二個しかない馬蹄銀をわざわざ数える、と言うバカげたシーンとなる。
 これ、恐らくは誤訳で、「数える」ではなく「量る」とすべきだ。『蒼穹の昴』の原作でどうだったかはもう忘れてしまったw
 つまり、馬蹄銀の重さを量り、その純銀含有量を確認するのである。
 清末期の中国では外来銀のおかげで上海銀両やメキシコ銀両等、銀一つをとっても多数の相場が出来ていた。そして相場ごとに銀含有量にも影響があったのじゃよ。
 よって師匠は銀含有量を量ろうとしていたと思うのだが、この馬蹄銀の由来が西太后からの下賜品で、恐らくは納税銀であり、納税銀については流石に一定の含有量が規定されていたので、多分量る必要は無いと思う。
 そんでもって。
 次に、梁文秀がやっていた進講について。
 あれは確か従五品翰林院侍講や同侍読、または従四品翰林院侍講学士や同侍読学士の仕事であったと思う。
 いずれにせよ翰林院入りしたものと考える。
 以前書いた通り、科挙試験のトップクラス合格者はここに入って学者としての人生を過ごすのが基本で、梁文秀もそうなったと言うことだろう。
 となると、この後実務に関わるのはイレギュラーな感じなのだが、そこはドラマである。
 そんでもって。
 光緒帝が何か文書に朱筆で採点をしているようなシーンがあったと思う。
 あれこそ清朝、否中国、否アジア最高の中央集権型統治制度のミソなのだ。
 以前どこかで書いた気もするが、書く。
 清朝では皇帝が地方官に文書箱を渡す。この箱の鍵は、皇帝とその地方官しか持っていない。
 地方官は、他の官僚に見られては困るようなことでもいいから、とにかく現地の正確な報告を作成し、これに入れて皇帝に送り返すのである。
 皇帝はこれをチェックし、コメント等を朱筆で書きこみ、返信する。
 こうして、皇帝の中央集権的な統治が可能となるのである。
 一方、この制度は皇帝に多大な労苦を強いるのも事実である。
 このような君主に重責を課す代わりに中央集権化を可能にする統治構造は、他の国だと大航海時代のスペインの文書行政にも似た点が見受けられよう。
 ふう。
 以上、今回は史実厨的にとても楽しい回でありました。
 いよいよ光緒帝の親政が開始され、益々盛りあがって参りました。
 みんなで見ようぜ、『蒼穹の昴』!もちろんまこまこりんも!!
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No title

録画した再放送分をゆうべ見ていましたら「銀貨を(懐に抱いて)暖めるに違いない」というようなセリフになっておりました。
あとで修正されたのか私の聞き間違いかはわかりませんが、たしかにこっちのほうがしっくり来るような気がいたしますな。勉強になりまする。
しかし、私のような素人の感覚からすれば、最初から「銀貨」ではなく「銀塊」と訳してくれたほうがイメージしやすいようにも思えるのですよねぇ。用語としては「銀貨」のほうが正しいのかもしれないけれど、どうしてもやはりコイン状のものを想像してしまいますゆえ。あるいは「銀塊」だと聞き取りにくいから「銀貨」としたのか……
どちらにせよ、正確さを取るか感覚を取るか、って素人にはなかなかむつかしい問題かもなァ、なんてことを思ったのでした。

ほおっほう。

 大変興味深いコメントを有難うございます。
 確かに、ニュアンスとしてはそっちのがしっくり来ますのう。
 正確であれば必ずしも判り易いとは限らないと言うのは、むつかしい問題ですのじゃよ。
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