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2010-03-22

今週の『龍馬伝』は私的に大興奮。

07_ラストサビ25


 どう大興奮だったかと言うと、もちろん、史実厨的に、である。
 色々書きたいことが有るのだが、落ち着いてワインを一口含んでからゆっくりと始めようと思う。
 よし。
 先ずは前回の放送の時に気になった土佐勤王党の「王」について。
 良く見たら武市道場には「尊皇攘夷」と書かれたものが掛けられていた。
 以前に書いた通り、日本が中国の冊封を受けていないことを重視し、天皇を中華皇帝と同等又はそれ以上の統治者と見るならば、「尊皇」で良い。
 しかし、武市道場では土佐勤王党は「勤王」と書かれていた。
 これは結構重大なミスじゃないかと思うのだが、どうだろう。ググッてみたら「土佐勤王党」とあり、「勤皇」ではなかった。と言うことは武市自身が「土佐勤王党」としていたのだろうか。だとしたら武市は中華皇帝と天皇を同等には見ていないことになるだろう。
 次に久坂の尊王攘夷論について。
 尊王と言うといかにも幕府はノーで天皇イエスの言い分に見える。実際薩長土肥にとってはそんなもんだったのだろう。
 しかし吉田松陰が言ったように、より高次の概念としては、尊王思想は天皇を頂点とした国民国家思想を意味する。
 統治者とその直属の官僚機構があり、他の民は全員均質的な国民として平等に庇護されるのが国民国家である。
 統治者である将軍の下に独立権を持った間接統治者である藩主がいて、民は各藩に庇護されているようでは国民国家ではないのだ。
 尊王思想は、こうした藩の枠組みを取っ払い、全ての民が天皇に仕える日本国の国民であるとするもので、まさに国民国家化を意図したものだ。
 それじゃあ幕府をぶっ潰して天皇とその側近や雄藩の藩主のみでやろう、と明治維新をやってみたら色々と無理が生じたのは周知の通りである。考えてみれば当然のことで、たとえば、現代日本で嫌われ者の霞が関の官僚を全員解雇してそれまで実務に携わったことのない社会活動家と地方公務員だけでやろうとしても無理なのと同じである。特に対外外交なんかは経験ゼロの人間がいきなり出来るようなもんじゃない。
 だからこそ旧幕府系の役人を登用したわけだが、その数が少なすぎたと思う。特に外交面で不備が目立つ。明治日本の外交下手もこの辺に起因するんじゃなかろうか。
 逆にいえば、そんな状況でも近代化を達成出来たと言うのは本当に凄い。でもやっぱり外交面での失敗は、結局アジア・太平洋戦争終結まで取り返せなかったように考える。
 話を幕末期に戻すと、統治機構を単一化して、しかも実務経験のある官僚機構を保持することが出来る公武合体は、まさに尊王よりも現実的な妙手だったのじゃよ。
 と、尊王について書いたので、続いて攘夷について。
 今回は不平等条約の不平等性について、関税自主権や治外法権ではなく金銀レートから説明していた。
 確かに現在の近代史研究では不平等条約における法的問題は、アジア側の近代法の不備によるものではないかと言われているので、このやり方は正しいと思う。
 また、新井白石や徳川吉宗が気にしていたように、日本にとって貴金属の流出は有限な財産を切り売りする行為であり、対米金銀レートの問題は幕府にとって極めて重大であったことも事実である。
 一方、実は当時のアジアの決済通貨は銀であり、金は使い難く、銀の方が流通面では喜ばれていたことにも注意が必要だろう。更に言えば、金を市場で使うのが難しいならばそれを兌換紙幣に置き換えるしかないが、その場合金そのものを保管しなければならず、中国大陸に大きな植民地銀行を持たないアメリカはそれをアメリカ本国まで輸送せねばならないため、金を扱うと輸送コストがかかったと思われる。要は金で払われるとアメリカは困るのであり、だからこそ金銀交換レートをあのようにしたと考えるのである。
「プロデューサー、それより、弥太郎が幸せになって良かったですね!」
 そうかあ、まこまこりんは、そこかあ・・・・・・。
「僕もはやく、プロデューサーと・・・・・・」
 でへへ。
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