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2010-11-14

小早川や加藤の戦功が認められない理由についての仮説。

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 響が描き易い。
 さて。
 最近秀吉づいているわしである。
 前回、小早川と加藤が軍令違反であるとしたが、何の話が説明不足だったように思う。
 また、何故彼らの行動を軍令違反としたのかについて、説明したい。
 ここから、小早川や加藤が朝鮮侵略で立てた戦功が何故石田らによって評価されずにいたのかが理解出来ると思う。尚、以下は全て仮説であることを言い置く。
 また、朝鮮侵略における彼らの戦功を「功」と表記すると朝鮮侵略を正当化しているように見えるかもしれないが、全くそんなつもりは無い。戦功とは軍事作戦におけるこ功労であり、それは社会正義や倫理、正当性とき関係無く当局によって評価されるものだからである。
 さて。
 では本論に入る。
 問題の根本は織豊政権後期から日本における戦争のスタイルが、士官の個人的な武力や名声による威嚇の優劣を競うものから、各部隊の意思疎通が極めて重要な組織戦へと変化したからだと思うのである。
 もう少し細かく考えてゆこう。
 室町時代後期、いわゆる戦国時代の合戦で最も重要で合ったのは士気である。つぶてに矢に鉄砲、士官の名声でもって的のやる気を失わせた方が勝ちなのである。「鬼武蔵」や「鬼玄蕃」等の「鬼○○」と言った二つ名が有効であったのもこの為であろう。
 ここでは組織性は重要ではない。各士官はかなり独立的に行動する。それぞれ個別に敵に当たり、そこで巧妙を立てる。
 しかし時代が下るにつれて、合戦の規模が大きくなり、組織戦となってゆく。
 具体的には陣取り合戦になっていくのである。大軍同士で延々と士気の削り合い等せず、戦術的に有利な地形を抑えられるかが最も重要になってくる。
 この点は将棋を想像すると解り易いかも知れない。将棋では駒を取り合うが、ずっと取った取られたをしている訳ではない。互いに相手の手を読み、直接攻撃に出ずに駒を動かし続ける。どちらかが一手でもしかけたら、その時にはほとんど勝敗は決まっているのだ。
 将棋の駒は極めて組織的に動く。駒同士の不利な点を補い合うよう連携する。これが可能なのは、指揮官であるプレイヤーの命令が絶対で、各駒が独立して動かないためだ。
 つまり、大規模化した合戦では、いかに指揮官の命令が徹底しており、組織的に行動出来るか、それによって有利な陣形を布けるかが重要なのだ。各士官の勇猛さ等は二の次なのである。大体、仮に万単位でガチンコでぶつかりあったとして、一個人が勇猛かどうかや小隊のみの運用が巧いかどうかは戦局を決定づける要因とはなりえないだろう。
 織豊政権期は、こうした合戦の様相が変わる過渡期であったと言える。その最終形態が秀吉の北条攻めであろう。
 北条攻めでは十万を優に超える軍勢が動いた。このような大規模な軍隊の運用では、猛将よりも補給や情報整理が巧みな者が有用である。その代表格が石田や長束と言った後の「奉行衆」であった。ここでは五奉行以外の文官も入れたいので敢えて「奉行衆」とする。
 ちなみに、以上の合戦の変容についての記述は、解り易いように極端に描き分けていることを付記しておく。実際には太田道灌のように安土桃山以前の小規模の合戦でも陣取り合戦によって勝利した事例も有るので、御注意願いたい。
 以上から、タイトルの問題に結論を導くことが出来るだろう。
 朝鮮侵略では小早川や加藤らが独立的に動いた。これを「奉行衆」や秀吉が快く思わないのは当然で、彼らの戦功が評価されないのもまた道理なのである。
 では、何故独立的に動いたのか。
 あくまで想像だが、第一に指揮官である秀吉が前線から遠くにいたこと、そして朝鮮水軍によって本国からの連絡と補給が弱まったからではないだろうか。
 指揮が通じにくくなれば現場の独断で動きたくなるだろうし、補給が足りなければ略奪を始めるのは軍隊の常であろう。
 そんなわけで、小早川や加藤の戦功が評価されなかったのは合戦のスタイルの変化によって独立的な行動が認められなくなったからであり、それは朝鮮水軍による本国との分断策によって生じた問題であった、と考えるのである。
 ああ、楽しかった。
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現代にも通ずる問題ですな

先日行った『日本クラウゼヴィッツ学会』のシンポジウムで、80年代に今の米軍の組織の基本を作った『ゴールドウォーター・ニコルズ法』が今の戦争には合わなくなってきているという発表がありまして。
5軍(陸海空軍/海兵隊/沿岸警備隊)の統合化や装備調達の合理化をすすめたものなのですが
・統合参謀本部議長(制服組のトップ)しか大統領に助言することができず、現地の状況を知る現地軍の司令官が直接進言することができない(アフガン派遣軍司令官が更迭された理由がこれです)
・指揮系統を統合参謀本部に集中させすぎたせいで、現地に展開中の海兵隊や特殊部隊を現地派遣軍の司令官が指揮できない
などの問題が発生しており、スピードの早い現代戦に即座に対応していくためにも「いちいち中央で決めるんじゃなくて、もっと現地の司令官に自由裁量権を与えたほうがいいんじゃないの?」という流れになっているようです。
どれくらいのレベルにどれだけの指揮権を持たせるか、というのは大きな組織にまつわる永遠の課題ですね。

まさにそこがポイントだと思います。

 議論を簡略化すべく省略してしまいましたが、社会、経済、技術の変化こそが戦争の様相を変えていると思います。組織戦が可能になるには大名と家臣の関係が独立的な領主同士の非対等同盟ではなく完全な上下関係でなければいけないし、兵農分離や街道整備が前提となっていると言えましょう。
 近現代は禁制と比べて火器が威嚇ではなく実際に兵員を損ない易いものとなり、また移動と情報伝達が圧倒的に速くなる等技術面で大きな変化が生じているため、おっしゃる通り現場の司令官の指揮権が重要となっていますな。
 軍事には疎いのですが、インフラ好きとしてはとても魅力的なテーマだと思います。
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