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2011-02-06

さて、おいしい話だったのだろうか?

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 先ずは前回頂戴した拍手へのお返事から。
 ちなみに、拙ブログでは頂戴した拍手につきましては、基本的に後日のテキストにてお返事申し上げております。
 もしお返事が不要の場合、その旨をご記入頂ければ、と存じます。

>中国における不動産価値のメカニズムとバブルの原因と危険性についてすごくわかりやすくっておもしろい内容でした。(某SNS:管理者改訂)のほうもいつも楽しく拝見しております

 拙ブログと「ニ○マス」界隈は別の名義によるものとしておりますので、某SNSの部分のみ改訂させて頂きました。御寛恕下さいませ。
 お褒め頂きまことにありがとうございます。
 歴史学は現代分析に不要だと言う話を良く聞きますが、それって某国に関しては無茶な議論だと思うのですよ。
 某国が近代化出来ていない以上、それを近代化した我々の尺度で理解せんとするのはゲームボーイソフトをPSPで遊ぼうとしているのと同じことで、それで起動しないことを怒っても仕方ないだろう、と。
 そんなわけで、歴史好きの人間としては、こうしたお言葉を頂けるのはとても嬉しいことなのです。
 もし貴殿が、身近に好きな異性いらっしゃって、その方が歴史好きならば、同様に接して差し上げることで絶対にゲット出来ますよw


 さて。
 本日も『江』でしたな。
 最近「己の道を行け、江」と聞くと「己の道を行け、GO」に聞こえてクスクスやってるわしです。
 それはともかく、本題。
 光秀の所領没収ですが、具体的にどれくらいひどかったのか、またはひどくなかったのかについて書いてみたいと思うのじゃよ。戦国好きの方には浅い話だと思うので、飽きたらほっぽっといて下され。
 当時の光秀の所領は近江と丹波。この内中国侵攻となれば拠点となるのは当然丹波である。
 その近江と丹波の代わりに切取自由とされたのが石見と出雲。劇中では毛利領だと言われていた。
 まさに帰る場所無し。毛利から勝ち取るしかない。ひどい話である。
 ただし、切取自由と言うのは当時としては地方司令官に与える待遇の中でもかなりハイレベルなものと言える。そうした裁量権の面から見ると、地方司令官格だけ考えるに、この時の光秀は秀吉への援軍ではなく、むしろ秀吉が山陽道方面軍であるのに対して山陰道司令官に任命された、と考えるのが自然だろう。
 んが、ここで謎が一つ。
 秀吉は丹波から山陰道に出る地域に攻め込んでいるのだ。例えば今の鳥取の辺りである。
 つまり、切取自由と言われても秀吉の勢力下を通過せねばならず、更には先に秀吉が出雲・石見をとってしまう危険も考えられる。
 安土がある近江、京と堺に近い丹波を召し上げられた上に、秀吉に注意しながら山陰道を進め、と言われる光秀の心中やいかに、である。
 と、ここまで考えると信長の命令は極悪非道である。
 しかし忘れてはならんのは石見の存在である。銀山である。
 たかが銀山とあなどるなかれ。石見とポトシの銀山が、銀を根幹とする中国経済を支えていたのである。ここで言う中国とは日本の中国ではなくお隣の中華帝国のことね。
 まさか信長が石見銀山のことを知らなかった訳はなく、その銀山を切取自由と言うのだから、太っ腹である。
 ちなみに秀吉は金銀山をことのほか重視しており、その後全国のそれらを自分の直轄とした。
 そんなわけで、石見銀山の価値を見ると、単純に丹波及び近江との交換と考えるならばお釣りがくるようなエビタイと言えよう。
 ただし、それらは未だ毛利領であり、しかも秀吉に先を越されるかも知れなかったわけで、やっぱりひどい命令だったのかも知れない。
 尚、蛇足かも知れないが、この時信長は法文上は石見の領有権を有していたと思われる。何故なら、毛利に追いやられた石見の旧領主である尼子氏を保護していたからだ。わしも専門じゃないので断言は出来ないが、おそらく石見の領有権を尼子氏から貰っていたと思われる。
「プロデューサー、やっぱりなんだかんだで戦国モノは楽しいですね!!」
 そうだね、まこまこりん。色々噴飯レベルな演出も有るが、結構楽しいよね!!・・・・・・まあ、『坂の上の雲』までの狂言とでも思えば・・・・・・。
 
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